モロッコへいってきた
バスの窓から「前の鞍には王子様」
ラクダを目の当たりにしたのは、30年以上前に動物園で見たのが最後だ。そのときも大
きな動物だと思ったが、いまこうして目の前に足を折ってしゃがみこんでいる姿を見ると
あらためて大きさを感じる。
アフリカのラクダはひとこぶラクダである。そのこぶのうしろに鞍がのせてある。70セ
ンチを越す高さのある金銀の鞍にはほどとおい、そまつな鞍にまたがるのだ。実感として
は、目の前に事務机をおいてその長辺をまるくそぎおとしたものに跨ると思ってもらえば
よい。背の高い小生でも、どっこいしょという感じだ。鞍にまたがったら、こぶのところ
にある頑丈なT字形の鉄のパイプにつかまるようになっている。ベルベル人の馭者が身振
りでしっかりパイプにつかまれという。その身振りが終わるかおわらないうちに体が前の
めりになって落ちそうになる。後ろ足が立ち上がったのだ。その体勢が落ちつかないうち
に前足も立ち上がり、体が宙を舞うように後ろに放り出された。まわりから恐怖の悲鳴が
あがる。
ラクダは四頭ずつつながれている。全員が乗り終ると歩き出した。さすがに高い。目の高
さで2mは越えている。そのうえ鞍が大きいのではなはだすわりがわるい。馬に乗ったこ
とがあるのでおなじことだとあまくみていたらとんでもない。鐙がないので腰をうかせて
バランスをとることができない。ちょっとてこずったがすぐにラクダの動きに体をあわせ
られるようになった。うしろをふりかえると「4000円払っても絶対に乗る!」と威張
っていたお姫様は、ラクダにふりまわされながら楽しそうに乗っている。こういう時の度
胸にはあきれる。
ラクダは砂丘の裾をまわりながらすこしずつ登って行く。雄大な砂丘をながめながら、ラ
クダをつらねて砂漠を行く隊商の親分になった気分でいるうちに降りる場所についた。こ
んどは前触れもなく恐怖がおそってきた。体が急に前のめりになって落ちそうになる。ラ
クダが前足を折ったのだ。と思う間もなく体が後ろにのけぞると同時に下へ墜ちた。ラク
ダがしゃがんだのだ。目の前の鉄パイプがなければ落馬ならぬ落駝をするとこだった。
まだ夜の明けきらぬ砂丘で自由行動。
明け方の砂漠は冷えるとおどかされてきたが、気温は30℃ある。重ね着をしてきて損を
してしまった。すこし登って砂丘の頂上へいくことにした。このあたりは砂がおちついて
いるせいか足は5センチほどしか沈まない。メンバー全員の目的は、旅行パンフレットに
もうたわれていた砂漠の日の出を見ることであった。しかし、だれの行いがわるかったの
か空はベタ曇り。日の出の時間になっても、うっすら赤くなるだけで日の出は見られなか
った。それでも5分ほどしたら雲の切れ目に太陽が見えた。あわてて写真を撮る人、じっ
と眺めている人、とみな感激したことはたしかである。
日の出さわぎがおちつくと、記念に持ち帰る砂をビニール袋につめて「そんなに持ち帰っ
てどうすんだ」と夫婦でいさかいを起こす人。前人未到の足跡のない砂丘にふみだして後
ろから写真を撮っている人に怒鳴られる人、砂の上に寝転がってなにもしない人とさまざ
まであった。やがて帰る時間がくると砂に敷いてあったシートの上に二人ずつ乗ったもの
を馭者のお兄さんがひっぱって砂丘を滑り降りた。恐怖のラクダ乗りがおわると、満足し
きった王子さまとお姫さま達を乗せた隊列はラクダセンターに向かって歩き出した。 |