病床六尺
不覚にも年末から年始にかけての15日間を病床ですごした。
いきさつは前号のつづきになるが、二度目の発熱で病院へいくと「肺炎かな?」と医
者がつぶやき「検査しましょう」ということになった。血液と尿の検査、CTスキャ
ンと40分のコースをすませ診察室にもどると「肺炎です」とのご託宣。やれやれ入
院かと思っていると、「入院にしたいところですがいまは薬のいいのがありますし、
正月を病院で過ごすのはいやでしょ。これから抗生剤を点滴しますからそれが済んだ
ら家で安静にしていてください」と在宅治療となった。
入院をしないですんだことはありがたかったが「寝てなくてもいいですから安静にし
ていてください」という医師の言葉は外国語なみにむずかしかった。幸か不幸かカゼ
ていどで2〜3日寝込んだことはあっても、原因のはっきりした内科系の病気にかか
ったことがない。安静と寝ていることの違いすらわからないでこの年まできた。とこ
ろがよくしたもので、微熱がつづくと床につきたくなる。また、猛烈な咳に悩まされ
た。咳というものは体力を消耗する。そうするとふらふら起きているということもか
なわず自然安静ということになる。
寝ている部屋にはなにもないので目が覚めているときはたいくつである。天井は白一
色のクロス貼りで昔のように節穴をかぞえるわけにもいかない。かわったものと言え
ば写真にあるものだけ。赤いボールは、ロクシタンのハンドクリームのケース。まん
なかのランタンはイスタンブールのバザールで買ってきたもの。ガラスに貼ってある
フクロウはドイツの魔除け。ふだんは目もくれないこれらのものだが、タップリ一週
間は楽しませてくれた。子規は、「病床六尺、これが我世界である。」と書いている
が、子規ほどに自由を欠いたわけではないが、床の中から見まわせる景色が、我世界
であったことにかわりはない。 |