認知の桜
近所に野菜を売っている農家がある。
値段はスーパーの三分の一。味はスーパーの地元野菜より数倍おいしい。
高齢の夫婦と息子の三人でやっている店は大変ありがたい存在なのだが問題がある。
とにかくこの三人が無口なのである。店頭の野菜を自分でとり、奥にある台の上にの
せると主に店番をしているおくさんが○○円と言うのでその金額をわたしておしまい。
ありがとうでもなんでもない。
はじめのうちは機嫌がわるいのかとおもっていたがそうでもない。なじみの奥さんと
は世間話をしている。めったに来ない男の客だからかと考えたがそうでもない。たま
にだが話をしている男の客もいる。こちらの態度がわるいのかと気にしながら味と値
段の誘惑にまけて通うこと2年。ようやく口をきいてくれるようになった。
旦那の店番のときはもうすこし様子がちがう。ただニコニコと立っているだけではた
して旦那にお金を払っていいものかどうかもわからない。あるとき思い切って世間話
をしかけてみたら口数すくなく相手をしてくれた。息子は、ぜったいに口をきかない。
旦那とおなじにお金の計算も自分でして、〇〇円だね、というとだまって金をうけと
って野菜をそのままにひっこんでしまう。母親はレジ袋に入れてくれるがそれもしな
い。そのままでは持てないので、袋もらうよと声をかけるころには目の前からきえて
いる。これでは万引きとまちがわれてもしかたがない。
先日、息子が店番をしているとき、いつもどおりの無言の行をすませ店を出ようとす
ると消えたはずの息子がうしろから早咲きの桜の花をさしだして「はい、おまけ」と
一言しゃべった。その瞬間この一家から認められたようでうれしくなった。この一家
はひじょうにシャイなのだとわかるまで5年かかった。 |