からす瓜
秋になるとやぶのなかに赤い実をぶらさげる、からす瓜に愛着がある。うまくことばに
言いあらわせられないこだわりがある。
からす瓜という植物を知ったのは疎開先だった。そのころは冬になるとしもやけで手を
まっかにはれあがらせていた。暖をとる炭火ひとつにも不自由していた時代である。
しもやけがかゆいとダダをこねていたのであろう。それを見た年寄りが赤くはれあがっ
た手をとって「こうするとしもやけが治るんだよ」と言って、からす瓜をつぶして手に
ぬってくれた。疎開からもどってから、からす瓜がしもやけに効くと言う事を知ってい
る変な子になった。
まっ赤にうれたトマトのような、キウイをひとまわり小さくした大きさのからす瓜の実
はいかにもおいしそうだ。庭先のやぶのなかにたくさん生っているからす瓜をもぎとっ
て、かじったとたん苦い汁が口の中にひろがった。これは食べられないとわかったとき
から、からす瓜は食べられないということを知っている変な子になった。ろくな食べ物
のないあのころは四六時中お腹がすいていた。
疎開中はほかにもいろいろあったはずなのに、いまでもからす瓜をみるとこのことを思
いだす。幼年期の体験は、長じたのち性格や感情に影響すると聞いたことがある。から
す瓜は、わが疎開時代の忘れ形見なのかもしれない。 |