4/6のしゅちょう
            文は田島薫

(戦争をなくす方法について 11)


米軍基地移転の辺野古湾埋め立てに県民の大部分が反対してるのに、それを強行しようと

してる政府に知事が何度も面会を求めてるのに、それを無視し続けてるのも国民に対する

印象が悪いと判断したのか、やっと官房長官がそれに応じたんだけど、埋め立て一時中止

したり再考する考えはないと断言した。法律の手続きに従って政策を遂行してるだけなん

だから、自分の判断で物事の流れが変わることはありえない、ってわけだ。

じゃ、その法律に基づいた政策立案は民主的な手続きによって決ったものなのか、って、

言うと、県民じゅうの批判を浴びて辞任寸前の前知事が、消える直前の権力を利用して、

ドサクサの内に大多数の県民の民意を無視し政府と裏取り引きしたシロモノなのだ。

多分、政府も前知事も自分の頭脳と判断は正当なものだ、って信じていて、それを通す

ためなら多少強引な手段もあっていいのだ、って感じてるんだろう。国民のためを思っ

てしたことなのだ、って言いたいんだろう。

じゃ、それがどういうふうに国民のためになるのか、って言えば、近海で領海侵犯をく

り返す中国や韓国に対して軍事的弱味を見せないためには、米国との同盟や沖縄の基地

が必要で、米国の意向を無視するなどとんでもない、より気持ちよく使ってもらう工夫

に勤め、より軍事的協力関係を深めたい。そのためには、日本近海にかかわらず、戦闘

中の中東へだって自衛隊を送るのもいい「自衛のためだし」、って考えてるらしい。

戦争をなくすためになにが一番大事かと言うと、戦争を起こすシステムから遠ざかるこ

と、戦争をしている他国には和平のための最大限の仲介なり援助をして、「自衛のため」

なんて不安定な言葉でごまかさず、軍事的政策には一切かかわらないことなのだ。

そんなこと言ってて他国から攻められたらどうすんだ、って言う輩も多いんだけど、そ

うしたらその時は警察でも自衛隊でもいいからそれで守ればいいのだ。

戦力が負けてたら安全とは言えないだろう、って言う輩も多くいるんだけど、そんなこ

と言ってる輩が絶えないから各国の軍事紛争も絶えないし軍縮も進まないのだ。

軍備強化して国民の命を守る、なんてことを連発して平然としてるわが国の首相なんか

は、多分子供の時にケンカをしたことがないのかもしれない。

子供が口げんかやとっくみあいぐらいはやった方がいい体験になるはずだけど、ナイフ

や拳銃持っちゃ取りかえしがつかないことになる危険があるのと軍備は同じなのだ。

自分や仲間の身を守るため、ってナイフなんか持っておびえてると、そのつもりがなか

ったのに、これはただのおどしのためだとか、ただの仲裁の道具だとか思ってても、は

ずみで大ケガばかりか自分や人を殺しちゃうこともあるのだから。

現実的に他国が軍艦やなにかで攻めて来る、なんて時代錯誤なことをお互いに心配して

るヒマがあるなら経済交流とか文化交流とか人的交流を盛んにして、相手の国民の福祉

にも留意して、お互いが友人になれたなら、戦争なんかなくなるはずなのだ。




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