3/10のしゅちょう 文は田島薫
(負けない心について)
昨今のわが国、不況だ、っていいつつ、世界的レベルから見ても経済的にも豊
かだし平和だし、って見えるのに、なんだか集団自殺やら、家庭内殺人やら、
過労死やストレスによるひきこもりやうつ病が蔓延し、あまり幸福そうに見え
ない顔つきの人々が多いように見えるのはなぜなんだ、って言えば、毎日の生
活に心の余裕を持てない人々が多い、って現実のせいだろう。
そりゃ、そうだろう、大企業でさえ、貴重な私生活に当てるべき時間を裂いて、
人の生活にとても必需品だとは思えないようなものを作り続けなければ給料を
もらえない労働者に毎年少しの賃上げがあったとしても、行政と癒着した一部
の業者にしか恩恵の来ないシステムによる無駄な公共事業や役人たちの天下り
先や政治家のファミリ−企業に流れる税金の無駄使いで膨らむ財政赤字を埋め
るため、結果的に上がり続ける公共料金や、子供の学費やら、生活必需品の価
格で、心休まるヒマはない。
大企業の労働者でさえそうだったら、それの小さな賃上げにさえ、しわ寄せを
受ける下請けの中小零細などは年々、ジリ貧に労働条件が悪化するわけだから
その生活不安は増大するばかりなのだ。
だから、未来にあまり希望を持てないその情況を悲観してたら、だれだって、
気持が落ち込んで来るに違いない。
でも、その現実の大部分の責任は個人の非力による、って悲観する必要はない
のだし、大切なのは今自分にできることに全力で当る、ってだけのことなので
あって、そこから新たな可能性が開けて来る、ってこともないこともないわけ
だから、明石やさんまの座右の銘「生きてるだけでまるもうけ」ってような人
生や日常生活での楽観による負けない心がいいのだ。
大体、ちょっとのつまずきで、寝込んでしまうような気の弱さって、海外の不
幸生活、例えば、家族が余命わずかなエイズで、赤ん坊に与えるミルクを手に
入れるために、子供に物乞いをさせても未来を信じて頑張って生きようとして
る人々などとくらべてわれわれの不幸の楽チンなこと、って、最悪でも米と味
噌があれば日本人は生き伸びることができるのだし、例えは悪いけど戦時中は
だれもがそれを受け入れてたのだから、横目で他人の幸せを見て自分の不幸を
嘆くようなことは止めて、政治を批判するなり、税金支払いを止めるなり、自
立して主張して生活してけばなんとかなるのだ「豊かな日本」は多分。
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