槻の木
私の手元に父の形見として古びた一冊の短歌の同人誌がある
表紙はシンプルな白地に横書きの行書体で『槻の木』とある。
昔、私の父は短歌が好きで先生を迎え、同人誌を発行していたのだ。
印刷屋をしていた父はこの『槻の木』の発行を大事にしていて、どんなに忙しく
ても人任せにせず自分で活字を拾い印刷をし、発行した。
私は、積み上げられたその本を日常的に目にしていたのだが、どんな内容の本?
とか、名前の槻の木って何? とか興味を持つにはあまりにも幼かった。
ただ、父が大切に思っていることだけが記憶に残っている。
そして最近「あっ」と驚くことがあった。
人から頂いた本で『万葉植物逍遥』というのを読んでいて、『槻の木』とは、欅
の古名ということを知ったのだった。
そのときの驚き。
この歳になって初めて知った槻の木の正体。
『槻の木』とは欅の古名で、短歌の古典である万葉集にも詠われているという。
大樹になるので、ご神木として扱われ、例えば大國魂神社の境内の欅は有名なの
だとか。
もっと早く知っていれば、いや、疑問をもって調べていれば、欅を見る目が変わ
ったのに・・・父のこだわりに気がついたのに・・・欅を見る思いはもっと深ま
ったのに・・・
私の家の近くの公園にも立派な欅があり、通るたびに愛おしく眺めていた。
欅は大樹となり、天にそびえ立ち、夏は葉を茂らせ広い木陰をつくり、葉を落と
した細かい枝先はまるで繊細なレースのようでそれは美しい。
もし、もっと早く槻の木が欅と知っていたら・・・もっと深い思いで眺めていた
のに・・・
自分の怠慢を嘆き、ちょっと損した気がした。 |