●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、寒風の中、緊張した散歩だったようです。



シリーズ散歩日和 2

冬の殺意



”老人は歩きなさいよ、脚が弱ると筋肉が衰え、歩行も困難になるぞ。さらに

血液の循環が悪くなり、体のいろんな器官の機能が衰えるのだぞ。そうなると

ボケが始まるからな”

天の声がこう言って私を脅かす。

脅かされた私は、冷たい風にひるみながらも散歩に出る。

今日は何処へ足を延ばそうか。

初詣以来行っていない八幡神社へいってみよう。

高台のはずれにあり、鬱蒼とした木に囲まれた神社はさすがにもう人影がない。

宴の後のように”篠原八幡神社”と白抜きされた派手な赤い幟がはためいて、

その後ろには大きな根元を晒した欅の木が控えている。この欅は何百年とこの

地に立ち続け、傍らに「横浜の名木、古木」と書いた立札もあり、神社の守り

木だ。

木に囲まれた神社はお寺とは違った凄みがある。

鳥居からまっすぐ伸びた石畳の先には、入口が小さく屋根ばかりが大きい暗い

お堂があり。脇には年に1度しか開かない古い能楽堂が夕闇に溶け込んでいる。

手前の手水鉢の竜の彫り物が今にも動きそうで不気味だ。

生い茂る木々が揺れ、北風がダウンコートを着込んだ私の中にも入り込む。

なんだか冬には殺意があるのではないかと思うような厳しい冷たさだ。私は第

一ボタンを閉め、体を丸め、抵抗する。

「冬の北風を甘くみるなよ。風邪だってコロナだって運んでやるぞ。こんな所

にひとりぼっちでくるんじゃないぞ」

冬が私を脅かす。

「ふん! 今、お参りしたばかりの八幡様が守ってくれるわい!」と私は負け

ずに言い返す。

静まり返った境内で冬と二人っきりになりたくないので、私はすぐにつるべ落

としの日暮れの中を家路についた。


  厳寒や立ち寄る境内老ひ一人


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