再びミニトマト
長雨、猛暑と今年は季節の変化がめまぐるしい。
いつまで続くのかと思った猛暑も9月になったらようやく涼しい日が多くなった。
そして、とうとう、私が手塩にかけて育てたミニトマトが枯れ始めた。
四方八方に伸ばしていた枝が茶色くなり、花もつけなくなり、残っていた2〜3の小
さな実はしわしわで橙色のまま赤くはならない。
さながら精根尽き果てた、というところだろう。
思えば、気まぐれに4月ごろ20センチにも満たない小さな苗を花屋で買ったことから
始まった。野菜を育てるのは初めての経験だった私は、ただプランターに植え替え、
水と肥料をやり、日向に置いただけだった。
なのに、6月の後半から7月8月と、次から次へと赤い宝石のような実をつけた。
私は実のなる楽しさに、水を欠かさず支柱を直し、子育てようにすっかり感情移入を
して世話をした。
そんなトマトは味でも数でも私の期待を裏切らず、いや、それ以上に収穫をあげた。
そこで私は思った。
花ならば愛でればよい。木ならば成長を見守ればよい、だが、野菜は口に入れ、味わ
い、命をつなぐ、という大きな使命があるのだ、と。
正直、あのとき思い付きで買った小さな苗が、こんなに枯れるまで頑張ってトマトを
生み続けてくれるとは思ってもみなかった。
愚直に、真面目に、忠実に最後の力を振り絞って自分の役目を果たしたのだ。
そして今、その命が尽きようとしている。
あのたくさんの実を生み出していた、精悍なみずみずしい姿はもうそこにはない。ま
るで、骨と皮になり手足をだらんと下げ、まともに立っていられない老人のように。
だが、それは私には崇高で感動の姿なのだった。
こんなになるまで、力を出し切り役目を果たした挙句の姿。
美しいとしか言いようがない。滅びの美。
哀れというより、ここまでやったその執念に私は心打たれるのである。 |