シリーズ 一人暮らしになった(5)
ひとりぼっち
私の生家は印刷屋で、いつも多くの職人がいて、人の出入りが多く、人に囲まれて育っ
た。長じてからも一人で生活した経験がない。
今が人生初めての一人暮らしだ。
なかなか慣れない。自分のだす生活音のほかは静まり返っていて、部屋の隅の陰影さえ
も深くなる。そして用心して早めに雨戸を閉めるので、一層夜が長くなる。
一人居や早めの雨戸日短か
一人暮らしには“孤独”という言葉がつきもののようだが、今の私にはそんな気取った
単語よりは “ひとりぼっち”と言う方がぴったりだ。
“ぼっち”とつけただけで、ちょっと甘えた響きに、寂しさとうらぶれ感がある。
ならば、“ぼっち”とはなんだろう?
調べたら、どうやら“法師”のことらしい。どこの宗派にも属さないフリーのお坊さん
のことを指した“独法師(ひとりぼうし)”がなまったものだという。
“お坊さん”に由来するとかで、なんとなく高貴な感じがし、ますます気に入ったのだ
が、類似句に“千円ぽっち”とか“これぽっち”というのがある。
こちらはだいぶ俗っぽくなっているが、ただ言葉を強調しているのだけのように思う。
いずれにしてもどちらもちょっと自嘲めいているのがいい。
道端のすみれに話すひとりぼち
私はすっかり不眠症になっていて、眠っても眠りが浅い。
ある晩、とろとろと眠りについたと思ったらバタンと音がした。しばらく布団をかぶっ
て耳をすませていたが、この家では自分しかいなく、一人で確かめるしかないのだと覚
悟を決め、こわごわと寝室を出た。1階2階、すべての部屋を点検していったが、どこも
異常がなく、ただ、立てかけてあった夫のズボンプレッサーが倒れていた。
後日、そのことを友人に言ったら、ご主人、あの世から会いにきたのでは、という。そ
んなことありうるだろうか。
寒風や亡き夫の声かもしれぬ |