●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、人生の辛い局面に出会いました。



シリーズ 一人暮らしになった(1)

夫との永遠の別れ


朝6時頃、家の電話が鳴った。病院からだった。

「すぐこちらに来られますか? なるべく早く! でも落ち着いて気を付けて来てく

ださい!」

私はすぐ察した。夫が亡くなったのだ。タクシーですぐ駆けつけたが、着いたとき夫

はすでに息がなかった。目を閉じ痩せた顔は薄暗い病室の中でひときわ白い。だが表

情は穏やかだった。

私はそう長くはないだろうと覚悟していたとはいえ、夫の最後の旅立ちの瞬間に立ち

会えなかったことが悔やまれた。何か言い残すことがあったかもしれないし、やって

ほしいことがあったかもしれない。なんだか取り返しのつかない別れ方をしたのでは

ないかという後悔がいつまでも胸にくすぶっている。

夫の長くそしてつらかったであろう闘病生活。

別れは悲しいが夫は辛さから解放されたのだ、と思うことにした。

今は病院で亡くなる人が殆どらしいのだが、入院患者の多くは、家に帰りたい、とい

う気持ちが切実なのだとか。

夫もそうだった。

もちろん自分ではすでに歩けなくなっているし、点滴や導尿などいくつかの管につな

がれていて、せん妄によって意識が混濁している状態で「帰るんだから、すぐ、タク

シーを呼べ!」と私に命令するのだ。「先生に聞いてくる」といって私はとりあえず

座をはずして聞きにいくふりをする。もちろん叶えられるはずもなく、切ない時間だ

った。

ああすればよかった、こうすれば…という心残りはたくさんあるなかで、ついにこの

日で、私は一人になってしまったのだった。


  臨終のベッドの脇に冬林檎


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