●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、不思議の犯人を見つけたようです。



コオロギ


世間ではコロナ騒ぎが収まらず、なんだかんだと神経を使う日々だが、

季節は確実に巡っている。

公園を歩けば萩やらススキやらコスモスなどが主役となり、空の色、雲

の形はすっかり秋のもの。

ある日、夕飯の支度をしていて気がついた。

そういえば、今年は虫の声が聞こえない、と。

わが家は裏側に面して台所があるので夜ともなると、身近でコオロギの

リリリリリという涼やかな声の大合唱だった。

不思議に思い、翌朝裏へまわって、あっ、と思った。

そうだ、私はこの夏、草むしりを面倒くさがって、古くなって剥がした

カーペットを切り刻み、裏の地面に敷いてしまったのだった。

お蔭で雑草は隠れてすっきりしたけれど、虫のねぐらを奪う結果になっ

てしまったのだ。

コオロギに悪いことをしてしまった。

コオロギが鳴くと、秋になったんだぞ、季節はすぐ変わるからな、すぐ

寒くなるんだぞ、準備はいいか、などと急かされた気分になる反面、あ

あ、今年も無事に夏を乗り切ったという安堵感に満たされる。

そう、コオロギの美しい音色は日本人の繊細な感覚を刺激して、秋とい

う季節の象徴として、私たちの生活に寄り添ってくれる虫なのだ。

私は腰痛が出るようになって草むしりがつらくなり、安易な方法で雑草

を封じ込めた報いは、貴重な秋の使いも封じ込めてしまった。

ごめんね。コオロギさん。



11/3/尾形歌人よりコメント
循環する季節への思い、細やかな生きものへの愛情、いつもいつもホロホロときます。


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