●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、闘病中の友達への口出しを慎んだようです。



新横浜にて


「来週、一緒にランチしない?」Iさんからこんな電話をもらった。

Iさんは近所に住む友達で、句友でもある。

承諾して、それほど遠くなく、新しい店が次々とできている新横浜のレストランへ

行こうと決まった。

Iさんはガンを患っていた。

8月からステージが上がってしまい、治療の抗がん剤が一段と強くなり、その副作

用がひどいと聞いていた。

しばらくぶりで行った新横浜はロータリーなど相変わらず工事中だったが、裏のビ

ルの谷間には今風に植込みがあったりベンチがあったり、おしゃれな空間が設けら

れていて、その変わりように驚いた。

私たちはそんな中庭のような広場の見えるレストランの窓際に席をとった。

「具合どう?」

という私の問いに、Iさんは今の体調を話し出した。

毎週1回病院へ行き、診察して薬をもらう。その薬を2週間飲み続け、そして1週

間薬は休む、そんなローテーションで治療を続けているという。

薬を飲んでいる間は副作用が強く、ほとんど横になり食事も喉を通らないそうだ。

そんなときは、もう薬を飲まずに済むなら死んでもいい、と思うのだが、家族にな

んとか生きてくれと言われ、耐えているのだという。

「薬を飲まない1週間は食欲もあり元気なの。だからその1週間はこうして思いっ

きりおいししいものを食べ、好きな事をするのよ。でなきゃ、こんな過酷ながん治

療なんて受けらないわよ」

と寂しそうに笑う。

ゴルフ、麻雀、卓球、と活動的だったIさん。

壮絶な闘病生活に立ち向かう気持ちの整理できるまでの葛藤を聞いて、私は慰める

言葉も見つからない。

あれこれ私が口をだしたとて、きっとすでに彼女には考え抜いたことであろう。

「なにか、私にできることがあったら言って」

かろうじて、それだけ言った。

「大丈夫。私開き直ったから」

Iさんは笑って、窓の外の小さな広場を眺めた。

柔らかな秋陽の中、たくさんの人々が行き交っている。

でも、私にはそれらは単なる群像のようにぼんやりしていた。

そして、“弱っているときこそ、強い”という新約聖書の言葉を思い出した。


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