●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんには、金木犀が親し気な花になったようです。



金木犀


散歩で近所の公園を歩いていると、甘い香りとともに前方の金木犀の下が鮮やかな

オレンジ色の粉が蒔かれたようになっていた。

近づいて拾ってみると星型の小さな花で、昨日の激しい雨に打たれて散ってしまっ

たようだ。

(ああ、これからどんどん秋は深まっていくのだな)と季節の移ろいを身近に感じ

る光景だった。

金木犀とは不思議な木である。

普段はその存在をすっかり忘れてしまうほど地味な木で、木としては高さもそれほ

どなく、花も小さく葉の陰に隠れるように咲く。だが、秋になるとその強烈でかぐ

わしい香りで、一躍季節の立役者となるのだ。

誰でもがその立役者の元では、真っ先に秋の到来を知らされ、思わず振り返ってま

でもその存在を確かめてしまう。


去年の今頃、夫はまだ杖を頼りに歩いていた。

近所の医者へ行った帰り道、どこからともなく金木犀の香りがしてきた。夫は誘わ

れるように、

「ちょっと休んでいこう」

と言って、近くの金木犀のある公園のベンチに腰を下ろした。

香りの在りかは、10メートルほど先にあるのだが、風に乗って強くなったり、弱く

なったりした。

「金木犀は律儀な木だねえ」

夫がポツンと言った。

「えっ、律儀って?」

私が聞くと

「この、秋を知らせる役割を果たすためにじっと生きている」

と、夫は、じっと、という言葉に力を入れて答えた。

じっと、には、地味で、迷いもなく、ジタバタしない、実直という意味が込められ

ているのかもしれない。

いかにも律儀に生きた夫の言葉だった。


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