金木犀
散歩で近所の公園を歩いていると、甘い香りとともに前方の金木犀の下が鮮やかな
オレンジ色の粉が蒔かれたようになっていた。
近づいて拾ってみると星型の小さな花で、昨日の激しい雨に打たれて散ってしまっ
たようだ。
(ああ、これからどんどん秋は深まっていくのだな)と季節の移ろいを身近に感じ
る光景だった。
金木犀とは不思議な木である。
普段はその存在をすっかり忘れてしまうほど地味な木で、木としては高さもそれほ
どなく、花も小さく葉の陰に隠れるように咲く。だが、秋になるとその強烈でかぐ
わしい香りで、一躍季節の立役者となるのだ。
誰でもがその立役者の元では、真っ先に秋の到来を知らされ、思わず振り返ってま
でもその存在を確かめてしまう。
去年の今頃、夫はまだ杖を頼りに歩いていた。
近所の医者へ行った帰り道、どこからともなく金木犀の香りがしてきた。夫は誘わ
れるように、
「ちょっと休んでいこう」
と言って、近くの金木犀のある公園のベンチに腰を下ろした。
香りの在りかは、10メートルほど先にあるのだが、風に乗って強くなったり、弱く
なったりした。
「金木犀は律儀な木だねえ」
夫がポツンと言った。
「えっ、律儀って?」
私が聞くと
「この、秋を知らせる役割を果たすためにじっと生きている」
と、夫は、じっと、という言葉に力を入れて答えた。
じっと、には、地味で、迷いもなく、ジタバタしない、実直という意味が込められ
ているのかもしれない。
いかにも律儀に生きた夫の言葉だった。 |