シリーズ 老いの賜物 その4
花のメッセージ
今年の春はあれよあれよという間に過ぎ去っていき、花々も次々と咲いては
儚く散っていった。
時の流れが速い。
我が家の庭も水仙からから始まって椿、梅、姫林檎、つつじ、そして今は紫
陽花である。
私は、3月、4月、と身も心も不調であった。
介護疲れかもしれないし、変化の激しかった気候のせいかもしれなかった。
とにかく、気分転換に庭を眺めて暮らした。
そんなとき、草花が慰めというより、もっと深く命あるものとして心に迫っ
てくるのだった。
なぜだろう? 晩年特有の美しいもの可憐なものへの開眼? 余裕の心?
いやいや、老いていく自分の身に照らして、やがてしぼんでいく花への共感
かもしれない。
自分の生命力の衰えとともにこうした弱いもの儚いものへと、自分を映し、
自然に心が吸い寄せられるのだろう。
生きとし生けるものすべて、やがては衰え朽ちていくのだと実感して自覚す
るのである。
だからといって、ここで老いを儚んで弱気になるのではない。だって、花た
ちも光を浴び、虫と戯れ、小鳥を引き寄せ、精一杯生を謳歌しているではな
いか。
人間ならもっと個性が活かせる。だって年を経るたびに経験と開き直りの知
恵を培ってきたのだから。
これを成熟といわずになんといよう。 |