映画だ〜い好き        文は福原まゆみ


尾形映画プロデューサーの友人が仕切る映画制作会社で働く映画好き女史が
エッセーを連載してくれてます。
映画女史は不当に疎外させられてる人々のことを忘れないようです。




あん


桜はとっくに散っているはずの4月中旬、ハンセン氏病の国立療養所多磨全生園に行って

きた。私にとってこれは春の恒例行事となりつつある。

初めてここを訪れたのは30年以上前で、次に行ったのが2016年だっただろうか。河瀬直

美監督作品『あん』が公開された後の春だった。


刑務所から出所しどら焼き屋の雇われ店長をしている仙太郎の店に、ある日不思議な老女

徳江が訪れる。あん作りのアルバイトをしたいと言い、仙太郎にきっぱりと断られるが、

徳江の持ってきたあんがあまりにも美味しく、仙太郎は徳江を雇うことにした。以来どら

焼きは売り上げを伸ばし、店の前に行列ができるようになる。

そんな中、徳江がかつてハンセン氏病を患っていたとの噂が流れ始め、店長に迷惑をかけ

まいと、徳江は姿を消す。徳江の消息を追う仙太郎は、生前徳江が住んでいた家を探し当

て、彼女の人生、思いに初めて深く触れる。


ハンセン氏病患者の苦しみや悲しみが、声高でなく染み入るように伝わってくる映画だっ

た。ハンセン氏病はもはや危険な病ではなくなったにもかかわらず、偏見と言う檻に閉じ

込められ、社会で働くことさえできなかった徳江さん。アルバイト料などいくらでもいい、

朝早くてもいい、働きたいのだという切なる思いが、あんを通して伝わってくる。

この役は樹木希林さんにしかできない。徳江さんは桜と親しく話せる。小鳥とも心傷つい

た少女とも、ふつふつと煮立つあんとも。視線を向けるだけで会話していると感じさせる

あの説得力。凄いなぁ。


全生園の中にお食事処「なごみ」があって、みっちゃんと呼ばれる人懐っこい女将さん(と

言って良いかな?)が取り仕切っている。

テーブルまで来て親しく気さくに話しかけてくださる。みっちゃんと話に行きたくなるの

も全生園の魅力だし、入居者の方々も「なごみ」に来てみっちゃんに心癒されているので

はないかな。今年は行った時期が遅かったのに、桜吹雪に豪快に迎えられ、希林さんの様

にそっと話しかけるどころではなかった(笑)。


『あん』
監督:河瀬直美
原作:ドリアン助川
出演 : 樹木希林/永瀬正敏/市原悦子
2015年/日本・フランス・ドイツ/113分/シネスコ/カラー


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