●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんから、ご近所へのつつましい気遣い。



向かいの家


陽が傾きはじめると私はそわそわした。

何度も向かいの家の窓を見ては、灯りがついていないか確かめる。

向かいの家は北側が道路沿いなので窓は少ないうえカーテンは下ろされたまま、1階

は玄関と台所が面していて、ドアは閉ざされ何の気配も感じられない。

人がいるのか、留守なのかわからず、普段と変わらずひっそりとしている。

私はあまり遅くならずに、在宅が確かめられたら訪れたいと思って、灯りがつくのを

今か今かと待っているのだ。

というのも、今日は向かいの奥さんのご命日で花を届けたいのだ。

1年前の今日、奥さんは突然救急車で運ばれそのまま亡くなった。なんともあっけな

かった。

それほど、親しいお付き合いではなかったが、30年近い月日を向かい同士で暮らした

のである。ある時はゴミ出しで、道路掃除で、お使いで、ばったり会うば言葉を交わ

す、いわゆる普段着のお付き合いで心安くしていた。

あの日以来、人の出入りがめっきり少なくなって、ああ、いなくなってしまったんだ

と認めるまでずいぶん時間がかかった。

残されたご主人は言葉少なでとっつきにくい。

奥さんなら、気軽にインターフォンを鳴らして、いらっしゃる〜? と訪ねていける

のだけど、ご主人だとちょっとためらうものがあった。

それに最近そのご主人を見かけない。

私は今日というご命日に、奥さんのお仏前にお花を手向け、ついでにご主人の安否を

確かめたいと思ったのである。

(誰も居ないのかしら。それとも法事でお留守かしら)

何度目かの確認で、ようやく向かいの家の台所に灯りが点いた。私はすぐ家を出て、

インターフォンを押した。

名乗るとすぐご主人の声がして、ドアを開けてくれた。

ご主人は少し老けた様子だったが元気そうである。

「今日は奥様のお命日でしたね。お花をお供えしたいのですけれど…」

と言って手渡すと

「ああ、覚えていてくれたのですね」

と喜んでくれた。それから二言三言やりとりしたが話がすぐ途切れた。

「お変わりないですか?」

ともう一つの気がかりを訪ねると

「腰痛でねえ」

と顔をしかめて答える。そして少しばかり病気の話をしたが話が続かない。こんなと

き、女同士だったら愚痴話で気晴らしができるのに…と思うのだが…。外での立ち話

が寒そうなので私はすぐ辞した。

ご主人は気難しい雰囲気が一層際立ったようだった。男性が残されるということは、

さぞや生活面で心細いことなのだろう。独り暮らしの侘しさが伝わって暗澹たる思い

になった。


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