●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんが参加してるグループ展で感じることなどの3。



展覧会の客 その3


客足の途切れた昼過ぎ、白髪で恰幅のいい紳士がすっと展覧会場に入ってきた。すぐ

受付の前にどっかり座ると、芳名帳にかなり達筆な字で名前を書いた。

書き終わると、紳士はあたりを見まわし、「Aさんは?」と聞く。

Aさんのお知り合いらしい。

Aさんは70代の男性で風景画を得意とし、趣味が多く社交的な人である。

「えーと、今までいらしたのですが…すぐお戻りになると思いますが…」

と応じていると、折よく、Aさんが戻ってきた。

紳士はすっと立ちあがり、

「やあ、このたびは展覧会おめでとうございます」

とAさんに礼儀正しく挨拶をした。

「やあ、お忙しいところ見に来ていただき恐縮です」

Aさんも丁寧にお辞儀をした。

すると、紳士はおもむろに背広の内ポケットから封筒を出し、「お祝いです」とAさ

んに差し出した。それをAさんは「これは、これは、ご丁寧に」と言いながら、当然

のように受け取るとやはりポケットに入れる。

その一連の行動はまるで儀式のようによどみがない。

そのあと、Aさんはずっと紳士から一歩控えて、ときどき絵の説明をしながら紳士の

絵の鑑賞に付き合っていた。

やがて一通り見終わると、紳士はまた礼儀正しく挨拶をして帰っていった。

Aさんはホッとしたように私の隣に座り、

「いやいや、肩の凝る人だ」

と笑いながら言う。

「あの人は詩吟をやる人でね。毎年発表会があって僕が行くと、今度はあちらが展覧

会にきてくれるというわけなんだ」

なるほど、よくあるケースである。

それからAさんは、先程の封筒の入ったポケットを叩いて、

「これには1万円入っているんだよ。去年僕が詩吟の会に持って行ったものがそっく

り戻ってきたってわけ。ふふ、僕はこの封筒の封を開けずにそのままウチの神棚にの

せておいて、また彼の発表会に持っていく。彼も同じようにしているはずだ。つまり、

この数年この封筒は中身がまったく変わらずにお互いを行ったり来たりしているわけ

だ。ふふ、おかしな話だろ?」

そう、なんとナンセンスな話だろう。

1万円という金額といい、中身が変わらないことといい、いかにも頭の固い年配の男

性がやりそうなこと。

女性だったら、その場に応じた品物を選んで差し出すのに…

立派な紳士二人がお互いの行為を見透かしていながら、義理を果たすために形式だけ

を重んじて大真面目にお金をやりとりするのは、それがお互い楽だからだろう。

なんだか二人が裃をつけた江戸時代の武士にみえた。


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