●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、巷での見聞きを話にしましたシリ−ズ 6



シリーズ 男模様女模様

介護の現場


女は新聞の見出しを見てため息をついた。

その見出しとは『私の仕事、ロボットに奪われますか?』

なんと現実離れしたフレーズなのだろう。

介護現場では人手不足で猫の手も借りたい、むしろ仕事をロボットが奪えるものなら

奪ってほしいというのに・・・

最近、将来AI(人口知能)が現在の仕事の5割を代替できるとか、すぐにでもロボッ

ト万能時代がやってくるような情報が飛び交っている。

果たしてそうだろうか。

現場を知らない人たちが、ただAI時代の到来ムードを煽っているのではないかと苦々

しく思ってしまう。

女は船橋市で特別養護老人ホームを経営している。

毎日、介護現場でさまざまな障害を抱えたお年寄りの世話をしていると、それぞれ人

間の細やかさや、ひとくくりではいかない複雑さを感じるのだった。

相手は人間だ。果たして機械のロボットが代替できるのだろうか。

確かに政府より介護施設の慢性的人手不足に対して、200万円の補助金が出た。それ

で職業病ともいえる腰痛対策として人を持ち上げる際に役立つ補助ベルトを買った。

しかし、そのベルトを巻き付けると当然軽く感じるのだが、ぴったり胴に巻き付ける

ので介助者は後で湿疹に悩まされるのだった。

さらに風呂場では小さなクレーンのようなものを取り付け、人を乗せて湯船に入れる

ことができるが、湿気で年中故障してしまうのだ。

メディアは、科学者は、政治家はおしめを取り変えると拝むように手を合わせる老婆

の姿を見ただろうか。

冷たいロボット人形に話しかけられるより、言葉を持たないけど体温のある犬や猫に

触れたがるお年寄りを知っているだろうか。

痴呆のでた患者の理不尽な要求に臨機応変に応えられるのは人の判断である。


この仕事は介護するもの、介護されるものの信頼関係があってこそ喜びも誇りも築い

ていく。果たしてロボットはそうした信頼関係を構築するのだろうか。

自力での生活ができない人が増える一方なのに、国は特養ホームの対象者を「要介護

3以上」に限定した。そのぶん訪問介護サービスの利用が増えている。

つまり、労働力軽減の夢のようなAIの時代到来といった言葉以前に、介護現場ではも

っと泥臭い悩みでいっぱいなのだ。

女は毎日を人手のやりくりでイライラすることも多いのである。

例えば、ボランティア。

崇高な意思をもって、福祉ボランティア活動をするという人たちはたくさんいる。し

かし、ボランティアは所詮義務ではなく善意で動くので、自分の都合が悪ければ活動

をやめたり、ドタキャンしたり結局当てにならない。

相互の感情のやりとりで事態が変わる場面がたくさんあり、神経は休まらない。

やはり、賃金を払って地道に働いてくれる職員をふやすしかない。

それには、介護スタッフの処遇改善しか方法はないと女は考えるのだ。


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