●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、巷での見聞きを話にしましたシリ−ズ 4



シリーズ 男模様女模様

ある葬式


半年の命と予告されていた最愛の妻がガンで亡くなった。72才であった。

男は悲しみよりも、自分がこれから仕切らなければならない葬式の段取りに異常に意欲

を燃やした。

妻との約束があったのだ。

妻は常時10人ぐらいの弟子を持つ茶道の師匠である。

ある流派の××社中として長く在籍し、卒業生を含めれば大きな派閥となる実力者であ

った。

従って流派の総会に出席する立場にあって、そこでは弟子をどれだけ持っているかで、

一目置かれるかどうかが決まるのだった。

茶道は日本独特の歴史を辿り、日本的精神性と美意識をもっとも洗練された形で続く文

化なのだけれど、今や、巷の茶道はすっかり女性のお稽古ごとのようになっている。だ

んだんお点前の作法の稽古と時々開かれるお茶会の規模に力を注ぐようになっていた。

必然的にそのときの道具の取り揃えを競ったり、身に着ける着物を競ったりと女性特有

の華やかな世界が繰り広げられているのだった。

男は亡くなった妻から嫌というほど茶道教室の人間関係の難しさを聞かされていた。

例えば、弟子の中にも1番弟子、2番弟子…のように序列があること、さらに弟子にも

さまざまなタイプがあって、ただなんとなくお茶会の雰囲気が好きという人、茶事独特

の理屈を求めて知識に走る人、技術を会得していずれ自分で教室を開こうと野心を燃や

す人など動機はいろいろである。

茶道の世界は金がかかる、そんなイメージがついたせいか、お稽古事も多様化したしか、

お茶を習う人はめっきり少なくなり、弟子の奪い合いなのだった。

妻はそれでも社交的な性格に加えて面倒見の良さで、所属する社中を盛り立てよく貢献

した。愚痴をこぼしながらも長続きしてきたのは、もしかして妻にとってはさまざまな

困難を切り抜けていくこと事態が生きがいだったのかもしれなかった。

また女の世界はそんな姿もまた嫉妬の対象になり、誹謗中傷が渦巻いているのだという。

妻は

「女は3人集まると必ず派閥ができるのよねえ」

しみじみ愚痴をこぼしたことがある。男は

「男もおんなじさ」と応える。

「でも、女のは陰湿で、陰口はまだいい方であからさまに会の役員になるには経歴がふ

さわしくないなんて言うのよ」

「まあ、言いたいものには言わしておけ。毎日顔を合わしているわけじゃないんだから」

男は活躍する妻が誇りでもあったので、やさしく相槌をうち慰めるのが常だった。

やがて死の床についた妻は、男に、

「最後のお願い、できるだけ私の葬式は派手にして頂戴。ライバルに惨めな葬式だと言

われたくないの」

と頼んだ。

「もちろんそのつもりだ。心配するな」

「あのね、私のお葬式では誰かに弔辞を読んでもらいたいの。そうね、お弟子さんがい

いわ。それも1番弟子の○○さんでなく2番弟子の××さんに。××さんなら要領よく

私の功績を語ってくれるわ。それに美人だし、受けがいいから」

妻は執念深くいった。

「ああ、わかった」

男は2番弟子の活発そうな××さんの顔を思い浮かべ、まったくその通りだと思った。

だが、この人選はいざ葬式になったとき、思いがけない禍根を残すこととなった。                        

(つづく)


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