●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、巷での見聞きを話にしましたシリ−ズ 1の2



シリーズ 男模様女模様

潔癖症2


ゴミの日は、ゴミが散乱してないか男はときどき2階の書斎の窓から確かめるのが習

慣になっていた。

その日も下を見ると、ちょうど犬を連れた老人が通りかかった。そしてその犬が急に

立ち止まったかと思うとフンをした。すると老人は苦笑いをしながら、甲斐甲斐しく

犬のフンを紙に包み、あろうことか、ポイっとゴミ置き場へ投げ捨てたではないか。

男はハッとした。もちろん腹が立ったのだが、予想外の展開に唖然とした。

そうか、いくら近所のメンバーがゴミをきちんと出しても通りがかりの人があんな風

にいい加減にゴミを置いていくことがあったのだ。そういえば見慣れぬゴミがあった

のは、朝サラリーマンが駅へ向かう途中、勝手に置いていったのかもしれない。なん

たることか…

男は懸命に近所の人にゴミの出し方を徹底させていたのだが、不特定多数が相手では

どうにもならぬとつくづく虚しくなるのだった。

まして、散らかす相手がカラスでは不毛の戦いである。

男は初めて神経質で潔癖症のため、こんな些末なことで毎日の生活をイライラさせて

いる自分を嫌悪した。

何とかしなくては・・・

そのときから、窓から見た老人の姿がなぜか目に焼き付いて離れないのだった。

まるで犬を相棒のように扱い、その糞を嬉々として後始末して、意気揚々と通り過ぎ

ていった老人。どうやら自分と同じように暇を持て余している退職組のようなのに、

身のこなしも軽やかに屈託なく朝の散歩を楽しんでいる老人。

なんともうらやましかった。

よし、自分も犬を飼ってみようか・・・

咄嗟に男は思いついた。

よくペットとの交流は脳を活発化させ、心が安定するというが、物言わぬ動物は鬱屈

する年寄りとは相性がいいのかもしれない。

善は急げとばかり男は妻に犬を飼いたいと持ち掛けた。

「えっ、犬ですって! 本気なんですか?」

妻は心底驚いたように言った。

男がその気になったわけを話すと、しばらく考えてから、

「ええ、それはいいことだと思うわ。でも、まさか家の中で飼うんではないでしょう

ね。きれい好きのあなたには犬の毛など見つけたら耐えられないでしょうし・・・そ

れにあなたがちゃんと散歩させてくれるんですか? 私は無理ですからね」

「もちろんだ。暇つぶしになるし、毎日に張り合いができるかもしれない」

男はきっぱりとした口調で言った。

それからまもなく、犬のいる生活は見違えるように男を変えたのだった。

あまり細かいことを気にしなくなり、寛容になり、やさしくなった。

犬への愛情が男の価値観を大きく変えたのだった。


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