●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、巷での見聞きを話にしましたシリ−ズ 1



シリーズ 男模様女模様

潔癖症



男はかなりの清潔好きであった。というよりも潔癖症の部類に入るかもしれない。

目に入る物は整然と収まってなければならず、額の位置がちょっとでも曲がっている

と気持ち悪く、床はピカピカでなければならない。

男は定年退職後、暇なぶん、少し度が過ぎるようになった。

家の中は長年連れ添った妻が夫の性癖を心得ているので、万事そつなく片付けられ、

うまくいっていた。

問題は町内のごみの日であった。

もちろん曜日によって、分別収集が行われているのだが、きちんと守らない人がいて

取り残されたり、出し方がだらしなくてカラスに狙われ散乱するごみがあったりする

と気になって仕方がない。ネットや、ゴミボックスを設置したりする対策も検討され

たが、美観的に見苦しいと男が反対した。

とにかく自分の周囲が汚いのは許せないのである。

ゴミの日、男は朝6時半の起きるとまず窓を開け、輪番制でごみ集積所となっている

前の道路を見る。まだごみはでていない。ホッとして朝食をとる。

8時ごろ、妻がごみを出すとき、集積所が散らかっていないかを確かめさせた。

何事もなければ良いが、カラスに荒らされていたりしたら大変だ。散乱したごみを調

べ、出したごみが誰なのか犯人探しをして電話をかけて、ゴミの出し方について注意

する。

近所の人々はあまりの厳しいチェックに辟易していたが、当然ゴミ出しに対する意識

は高まった。

だが都会のカラスは賢くしつこい。匂いや色でポリ袋を食い破って荒らすのだ。今年

の冬は4回に及び、ついに男は何度目かのごみの出し方についての注意事項を回覧し

たのだった。しかも今度はゴミ出し時間を人通りが多くなるという理由で9時以降と

した。これには早い外出もできないと苦情がでた。

ある日、妻が外から家に入るなり男に言った。

「ご近所の人が私の家をさしてヒソヒソと何かをいっているの。たまらないわ。あな

たのやっていることは監視であり、束縛ですよ。もっと寛容になったら? あまりゴ

ミ問題に口出ししないでください。私、村八分になりそう」

妻はやさしい従順な女だった。

女にしては珍しくおしゃべりの少ない、友達づきあいもあまりしない、ひっそりと暮

らすタイプだ。その点、似た者夫婦なのかもしれない。いや、男の潔癖に対する強引

さがそのような暮らし方をさせてしまったのか

もしれない。

男は、ああ、やっぱりここでも孤立してしまったのだと感じた。

思えば、会社でも孤立していた。

大手鉄鋼メーカーで技術畑一筋に働き、人と交流するのは苦手でいつもマイペースだ

った。だが、持ち前の向上心を支えにして仕事は人一倍できたので一目置かれていた

ので満足感があり、それなりに充実していたのだ。

当然プライドも高く、その結果次第に協調性を失い、気がつくと偏屈な人というレッ

テルが張られていた。

男は思うのだ。

まだ仕事があったときはいい。やりがいが支えてくれただろう。だが、今はやるべき

ことが何もない。これからの長い余生、どう過ごしたらいいのだろう。仕事一筋だっ

た者には定年はむごい。

毎日暇なぶん、こんなゴミ出しの些末なことに目くじらを立てて、これからも住み続

けるこの場所に波風を立てていいはずがない。妻の立場もあるというのに。

なんだか年齢と共にどんどん頑固になって柔軟性を失い、本来の性癖が全面に押し出

されてくるのではないか、と不安にかられるのだった。  (つづく)


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