●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、若い時のふわふわとした思い出があるようです。



シリーズ 街角感傷

渋谷


ムカシ、ムカシ、オジイサンハ横浜へ麻雀シニ オバアサンハ渋谷ヘ命ノ洗濯ニ

行キマシタ”。

東急沿線に住むようになってから、東京生まれで東京育ちのオバアサンは、久し

振りの東京行きは血沸き肉躍るような興奮と懐かしさである。そのときの東急線

終着駅・渋谷は東京に入る玄関口だ。

渋谷はいろいろな顔をもつカオスのような街である。

芸術・文化に触れる街、流行の先端に乗る街、ちょっと危険な街、学生の街、サ

ラリーマンの街。

オバアサンはかの有名なハチ公前ではよく友達と待ち合わせた。

東急文化会館では子供たちに映画やプラネタリウムを見せた。

文化村通りの坂を上ってシアターコクーンやオーチャードホールにも行った。

109や東急デパートや西武パルコで流行のファッションを知った。

セルリアンタワーに仕事でいき、能楽堂の存在を知った。

いかがわしい横丁の呑み屋にも入った。

横浜では味わえないなんでもありの雑然さ、いつもよそ者であり続ける緊張感に

満ちた街。

だが、オバアサンにはそんな渋谷の雰囲気とは対極にあるような純情映画のワン

シーンのような思い出がある。

学生時代のこと、卒業も間近という時にフランス語の先生から寿の字で封印した

一通の手紙をもらった。なんとお見合いの話。

お相手はやはり先生の教え子で青山学院の卒業生だという。オバアサンはまった

くその気がなかったけど、巧みな説得に満ちた文面と尊敬する先生からの話で無

下に断れないという気持ちが働いてその話を受けたのだった。先生はマッチング

という言葉を使って、ただ若い人の友達づくりの橋渡しで自分は一切姿を現さな

い、断るのも自由、付き合うのも自由、そんな文面だったとように思う。

とりあえず、渋谷の宮益坂口で落ち合った。お互い顔をしらないので手に共通の

本を持つという演出だった。その日、青白いひょろひょろした青年が赤い表紙の

単行本を抱えて待ち合わせ場所にいた。

そこからどんな話をして歩いたのかオバアサンはまったく覚えていない。ただ、

青山学院大学のキャンバスをぐるぐる歩きまわった記憶だけ。

遠い昔、若い当事者二人だけのお見合いは青い林檎のように未熟で初々しく儚く

消えた。

時代は変わる。

2013年東急線が地下5階に潜ってから渋谷は大変なことになっている。迷路

のような地下道に、エスカレーターも少なく地上に出るのに一苦労。出てからも

大規模再開発とやらで駅付近はどこもかしこも工事中。

オバアサンにとって渋谷は降りる気もおきないもう通過するだけの駅となってし

まった。


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