シリーズ あるがん患者のたわごと
がんで良かった!
わたしは呑ん兵衛であった。今はほとんど呑まないから過去形だが・・・
40代から晩酌としてビールを飲んでいたが太ってきたので、そのうちウイスキーに
変えた。
あるとき、会社で嫌なことがあり気持ちがどうにも収まらない。わたしは会社のスト
レスを家に持ち込まない主義なので、気晴らしに一杯ひっかけて帰ろうと思った。
家の最寄りの駅は急行の止まらない私鉄の小さな駅で、もちろん歓楽街などはない。
だがよくしたもので、どんな駅にも商店街の片隅や路地裏に小さな飲み屋やバーがあ
るものだ。そこで、男たちは1日のほこりやアクを洗い流す。
カンを頼りに一軒の飲み屋に入った。カウンターを囲んで椅子が6つぐらいボックス
席が4つほどあるこじんまりとした店であった。
女将は着物をきた地味な感じの50代だろうか。カウンターで飲んでいると、近所の
常連客が入れ替わり立ち替わりやってきたが、あまり騒々しくないのが気に入った。
それ以来、私はときどきそこへ寄るようになった。妻にいわせれば、せっかく駅まで
帰ってきたんだから寄り道しないでまっすぐ家に帰りなさい、となるのだけれど、そ
うもならないのが男である。
あるとき、みんなでワイワイやっていたら、突然、理屈屋の文房具屋の大将がバタン
と倒れた。みんなが駆け寄ってどうしたんだ、と声をかけたが意識はなかった。
動かさないで! と女将は叫び、すぐ、救急車を呼んだ。
あとで聞くと脳卒中で、命はとりとめたが言語障害と体の機能障害が残り、不自由な
生活となったそうだ。
そんな昔話を今になって蒸し返して妻と話していたら、
「あなたはがんで良かったじゃない。がんなら最後の最後まで動けるんだから」
と妻がのたもうた。 |