スイカの匂い
お前、番頭のオオモリさんと一緒になる気はないかい?
えっ、オオモリさんと?
嫌かい?
嫌じゃないけど……
こんな会話が母と長姉との間で交わされている。
目の前には三角に切って大皿に盛られたスイカ。
さっきまで家族5人で一緒に食べていたのに、父が早々に切り上げ煙草に火を点け、そ
のうち母が手を休め、この会話で姉が抜けた。
私と次姉だけが次々と手を伸ばして食べている。次姉は大人の会話に少し興味を持ちな
がら、そのくせ知らん顔して…私はまったくスイカに夢中で…
あたりに漂うスイカの爽やかな匂い。
商売をしていて人の出入りが多く、普段は滅多に家族水入らずになれなかった昔の我が
家。暑かったその日はスイカ丸ごと一個を買ってきて囲んだ。
その頃のスイカは大きくてバレーボールのよう。切る前に必ずポンポンと叩いてみて食
べ頃かどうかを予想するのも楽しい。
黒い筋の入った緑色の球形を割ると真っ赤な果肉が現れ、甘い汁が滴り落ちる。他の果
物とは違い思いっきり食べられる満足感も相まって幸せなひとときだ。
ところがこのときは話が思わぬ方向にいって、スイカとは大違いの深刻な話題になって
しまった。
両親が考えたすえ、相談し結論し、いつ言おうかと頃合いを見計らっていたに違いない。
長姉は22歳になっていた。女ばかりの3人姉妹。父はきっと跡取りが欲しかったのだ。
目をかけた番頭である若者と姉と一緒にさせて、商売を継がせたいと思ったのだろう。
よくある話である。
1年後、長姉はオオモリさんと結婚した。
私はまだ中学生だった。
あれから、なんと長い年月が経ったことか…
スイカの匂いとともに思い出す夏の暑い日の一コマ。 |