●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんの演劇シンパシー。



演劇の愉しみ


新聞で『別役実フェスティバル』が行われているのを知った。

今、別役実作品をさまざまな劇団がさまざまな場所で上演中なのだという。

以前、ベケットの『ゴドーを待ちながら』が不条理劇として一世を風靡し、日本の演

劇界に衝撃的な影響を与えた。世の中の不条理を表現するのは一つの主張であったり、

反逆精神の表れととらえ、若者の心をつかんだのだ。

別役実作品は日本の不条理劇といわれ、こぞって大小さまざまな劇団で上演された。

私が別役作品の多くを見たのは、横浜中心に活動する老舗の市民劇団『かに座』であ

った。

小規模劇場でやるのにふさわしく、舞台装置も適当にこなせる別役作品はこうした中

堅劇団ではかなり取り上げられていた。

私と劇団『かに座』に縁ができたのはこうである。

所属するミニコミ誌のコラムに人物紹介の欄があり、演劇好きの私はぜひ! とリポ

ーターを買ってでて劇団を主宰する田辺晴道氏にインタビューしたのだった。

自宅の敷地内に稽古場を造り、団員を集めて自ら演出をする田辺氏は、丸顔で心持ち

眉毛の下がった穏やかな顔立ちながら、情熱の人であった。

舞台を創りあげる楽しみや団員集めの苦労話など演劇に関する話は止まらない。「演

劇は娯楽であると同時に主張でもあるんです。ただ娯楽として消費されるよりも何か

観客の心に残るものでなくては」

「演劇は一度手を染めるとやめられない強い魔力に満ちているんですよ」

こう語る田辺氏。すっかり長い対談となり、タブロイド判新聞の半5段で顔写真入り

の記事となった。

その後、何回か公演があるたびにチケットをくださり私は観にいった。

劇団員は別の仕事と掛け持ちの素人集団ながら、高い志をもって一生懸命さが滲み出

ている熱演で迫力の舞台だった。

私は演劇と聞くとなぜか心が騒いでならない。

生身の人間が舞台の上で別の世界を繰り広げるワクワク感といおうか。

演者と観客が同じ感情を共有する、舞台と観客の一体感がたまらない。そこには映像

の映画やテレビと違って、やり直しのきかない、その一瞬一瞬が勝負である緊張感が

みなぎる。

今演じられている舞台は二度と同じ舞台とはならず、消えていく。まるで人生のよう

に・・・


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