●連載
虚言・実言 文は一葉もどき
横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、その桜に心なごみました。
おかめ桜
気がつくと三月も終わろうとしている。
三月はほとんど入院していた夫の見舞いで過ごし、北陸新幹線の開通や桜の開花予想
などのニュースを他人事のように聞いていた。
夫のいる病院は新横浜の町外れにあった。8階の病室からは、駅付近の高層ビルが見
え、真下を見下ろせば長々と川が横たわっていて、その川を挟んで都会と田舎にくっ
きりと分かれているのがよくわかるのであった。
手前の川沿いは桜並木になっていたが、三月はまだ裸の木だった。
見渡すと否が応でも目立つ一角がある。川に掛けられた三角形の橋のたもとに小さな
公園があり、なんとそこにピンクの花をつけた小ぶりの木が何本も立っていたのだ。
周りはくすんだ冬色なのにそこだけが色に満ちていた。華やかというよりは賑やかと
いう感じである。
桜でもないし、桃でもないし・・・
点滴を変えにきた看護師さんに聞くと、
「あれはおかめ桜というんですよ。きれいでしょう。桜よりも早く咲き、ずっと長く
咲いていて、しかもあまり大きくならないすぐれもの」
と笑って教えてくれた。
“おかめ”というかわいいネーミングはどこからきたのだろう。そこまでは看護師さ
んは知らなかった。
私は、丸顔、低い鼻、ふっくらした頬のおかめに似た花びらを想像した。
先週ようやく夫は退院することができた。
退院するとき、別れのつもりで窓からおかめ桜を眺めると、まるで時が止まったよう
にまだ満開のままだった。
私は、切なく眺めたこのおかめ桜のことを一生忘れないだろう。