●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんが病気の夫の心情を想像したシリーズの3。



シリーズ あるがん患者のたわごと

待合室にて


その日、妻とわたしは病院の泌尿器科の待合室にいた。

2階のフロアの診療科は口腔外科、泌尿器科、小児科、婦人科などで、それぞれの受付

を中心にして扇形にソファが置いてある。仕切りがなく3階まで吹き抜けなので、開放

的な印象を与えている。それぞれの受付の奥にはさらに廊下が中待合室となっており、

両脇にいくつかの診察室やら処置室やら検査室やらが並ぶ。

泌尿器科は二階の真ん中だ。待合室の壁に電光掲示板が患者の整理番号を示し、表示さ

れた番号の患者はさらに中待合室へと進む。

泌尿器科なので男が多い。新聞や本を読む者、目を閉じている者、中には隣あわせとな

った縁で病友となりひそひそと話している者など、わたしにはすでに見慣れた待合室風

景である。

外からみれば単なる一風景だが、本人にとって痛みや不快感を抱えていたり、生きられ

るか生きられないかなどの、重大事を胸中に抱えこんでいるのかもしれない。

何度いっても病院の待合室は緊張を強いて疲れるものだ。

早めに来ていたわたしたちは本を読みながら順番を待っていた。

落ち着かない様子の妻が顔をあげ、あっと声をあげた。「Hさんだわ」

見ると、中央のエレベーターから男性が乗った車いすを息子が押し、そばに付き添って

いるHさんがいた。あちらは気がつかない。

Hさんと妻は一時わが家に来て英語を勉強し、海外旅行にも一緒に行った仲である。妻

は声を掛けようか掛けまいかためらっていたようだが、「ちょっといってくる」といっ

て思い切ったようにHさんのところに行った。

そこでたちまち女のひそひそ話が始まった。きっと情報交換をしているのだろう。

戻ってきた妻は「まったく偶然だわ、Hさんの旦那も前立腺がんなんですってノあなた

と前後して入院していたそうよ。あちらは骨に転移したらしいけど、いまはウチと同じ

ような状態らしい」とわたしに耳打ちした。

「これからも悩みを分かち合って情報交換しようってノ」という妻の顔には心なしか安

堵感があった。

(こんな窮地にあるのはわたしだけじゃないノ)きっとそんな安堵感であろう。

女というものは仲間をつくり心の内をしゃべることで開き直る、という強い武器がある

ようだ。


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