●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんの人生の中の心をゆさぶった時間。



心をわしづかみにした劇団木冬社


今年、3月26日に女優松本典子さんが亡くなった。

小さな訃報欄だったので見落としてしまい、後日古新聞を広げて知った。

ああ、と私は小さく叫ぶと目を閉じ、かつて盛んに松本典子さんが出演する芝居を見に

いったことを鮮やかに思い出していた。

松本典子さんの夫である清水邦夫氏が主宰する木冬社の舞台にいつも主役で立っていた。

一本筋が通ったような雰囲気、凛とした佇まい。松本典子さんの口から発するセリフは、

切れ味の鋭いナイフのように心にささり、たちまち芝居に引き込んでくれた。

忘れられない憧れの女優である。

「真情あふるる軽薄さ」「狂人なおもて往生をとぐ」「火のようにさみしい姉がいて」

「冬の馬」など心をわしづかみにするような魅力的なタイトルがつけられた芝居の数々。

現代演劇のもつテーマ性や人間のこころの裏を情熱的にのぞかせてくれた。

朝倉摂さんの舞台装置もすばらしく、演劇のもつ視覚性、文学性、知性に目を開かれた

思いだった。

私は夢中になり、追っかけのようにして、紀伊國屋ホール、シアターX(カイ)、パル

コをはじめ板橋のスタジオまで足を運んだものだ。

どのようにして私が追っかけをしていることを知ったのかわからないが、2〜3度松本

典子さんから肉筆で簡単な近況や公演情報を頂いたことがある。

その筆跡は滑らかで柔らかく旧仮名遣いも交じっていて、おや、と意外な一面を見せた。

そして、その後清水邦夫氏が体調を崩して療養すると、介護のために舞台を引退したこ

とを聞き、なんとなく納得させることとなった。

私の中の木冬社・松本典子さん、清水邦夫さんは、世の中を高揚して見ていた時代で、

まだ青臭い問題意識を持っていた心の熱気をおおいに煽ってくれ、育ててくれた存在だ

った。それは、とても幸せなことだったと思う。


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