●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんにも縁ある人のノンフィクション多少フィクションストーリのパート3。


シリーズ アメリカ帰りの松子さん

気まずい電話


目がさめたら9時だった。松子さんは目覚めがいい。

支度をするとすぐ行動を開始。朝食後、フロントへ行き、テレフォンカードがコンビニ

で買えることを聞き出す。その足で午後からは留守だという麻布のA子さんへ荷物を取

りに行った。

身の回り品の入ったトランクを引き取って車で再びホテルへとんぼ返りすると12時を

回っていた。ようやく弟の竹男さんにホテル前の電話ボックスからカードで電話する。

「松子ですけど、飛行機が遅れて昨夜の10時頃着いたの。あ〜あのね、今電話ボック

スからテレフォンカードでかけているので説明していたら度数がたちまち無くなりそう

なのよ。悪いけど2〜3分後にそちらからホテルの私のルームに電話してちょうだい」

というやいなや電話を切り、松子さんにとっては全速力でホテルの部屋に戻って竹男さ

んの電話を待つ。やがて部屋の電話が鳴った。

「あ〜わたしです。今までどこへ行ってたんですか? こちらになんの連絡もなくて! 

無事なんですか? 昨日も今日も何回もホテルに電話したんですよ…今朝は疲れている

だろうから起こさないよう、フロントでチェックインしているかどうかだけでも確かめ

ようとしたら、出かけたというし…」

「ごめんなさい」

松子さんは竹男さんのちょっとよそよそしい他人行儀な物言いに秘めた怒りを感じた。

遅延の一部始終を長々と説明してから、

「でも安心して。これからは友達が部屋を探してくれるっていうし、引っ越し荷物も預

かってくれたし。あなたたちには世話にならなくても大丈夫そうなの。私はね、こうい

う日のために日本にたくさんの友人を持って、ずっと交流を絶やさないできたんだから。

みんなが手伝ってくれると思うわ」

と付け加えた。松子さんは弟を安心させようと言ったこの言葉が竹男さんの肉親として

のメンツを傷つけたことに気が付かなかい。

「いくらなんでも報告の優先順位が違うんじゃないですか。頼らないのなら肉親は後回

しなんですか? 心配していたこっちの身にもなってくださいよ」

言いつのる竹男さんに松子さんは慌てて

「見通しがたったらそちらに伺うわ。そのとき詳しく話しましょう」と気まずい思いで

電話を切った。

窓からはニューヨークに居るのかと錯覚するほどよく似ているビル群がみえるけれど、

まぎれもなく東京である。急に松子さんは心細くなって、長姉の月子さんが生きて居た

らなあ…としみじみ思った。

長姉の月子さん、松子さん、末弟の竹男さんと3人姉弟であった。松子さんと長女は歳

も近く女同志ということで大の仲良しだったが、少年時代の竹男さんはおとなしかった

うえに男なのでいつもみそっかす。大人になる頃はもう松子さんは渡米留学をして家に

はいなかったので、打ち解けて話したこともなかった。

帰国にあたり唯一の肉親である弟にまず相談しなかったのは、やはり竹男さんとはあま

り子供の時からそりが合わなかったからかもしれない。

切り替えの早い松子さんは、ま、いいか、なんとかなるわ…と時差ボケの頭を振ったの

だった。                 (つづく)


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