●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、老人たちにその価値を見たようです。



病院にて


夫の入院で病院通いが続いた。

夫の病室の先に談話室がある。

広い窓をとった気持ちのよい部屋だ。そこでは見舞客と声を落とさずに思いっきり話せる。

歩ける患者は一人でやってきて、本を読んだり、外の景色を眺めたりもする。

隣の席でおじいさんが見舞客と声高に話していた。

「おじいさん、思ったより元気だね」

「ばか云え、苦しいのを我慢してるんだ」

「やせ我慢だね」

「いや、武士は食わねど高楊枝。せめて年寄りの見栄だよ」

こんなおじいさん、気骨があっていいなあ。


病院は当然、高齢者が多い。

不安に必死に耐えて目を閉じている人、気を紛らわせるように本を読んでいる人、手持無

沙汰にきょろきょろしている人、看護師や職員との受け答えがしっかりしている人、介護

士の女性をからかっている人、威張っている人など、お年寄りといってもさまざまな表情

をもっている。

もちろん誰でも病気を持ってきているので心配や不安を抱えているのだが、雰囲気や態度

から長年の越し方が滲み出ているものだ。

今、80代のお年寄りは戦争、貧しさ、病気、嫁姑といった負の体験をたくさん持ってい

る。そうしたものを乗り越えて今生きている。

老人を衰えたり何かを失った者としてとらえがちだが、病を得て目の前に行き交う老人を

見ていると、ようやく歳をとってその経験や培った知恵の集大成の時期なのではないかと

さえ思う。

老人を武器に若い人をたぶらかしたり、煙に巻いたりする知恵を存分に発揮する老人たち。

そのエキスを十分味わいたい。身に着けたい。


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