●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、鍋についての悟りを開いたようです。


鍋料理


鍋の季節である。

偶然入った和風料理店で隣のカップルが鍋をつついていた。

夫婦者? いや、そんな風にも見えないけれど、かなり親しい間柄のよう。ぼそぼそと話を

しているばかりで、すっかり煮えきってしまった鍋料理にはときどき箸を入れるだけ。何か

別れ話のような深刻な話なのだろうか…?

鍋はおいしく頂くには頃合いというものがあって忙しい。込み入った話には向かないのだ。

外野席にいる私はチラチラとみては、お気の毒に…と他人事ながら気を揉んだ。


さて、鍋と言えば、私にも苦い思い出がある。

仕事に精を出していた頃で、男の人と夕食を食べて帰ろうと居酒屋風の小料理屋で寄せ鍋を

頼んだ。それが間違いの元であった。

まず、コンロが出され、だし汁の入った鍋と具材を盛った大皿が運ばれてきた。鍋をコンロ

の上に置き火を点けただけで後はご勝手に、というわけである。

ならば! と、女の私が仕切るしかないと腕まくりをしたつもりで菜箸をとった。そして汁

が沸いたのを機に煮えぬくい野菜から入れ始めると相手の男性は呆れたように言った。

「野菜から入れるなんて邪道だ。だしの出る肉、魚から入れるもんだ」

相手は、鍋に一家言ある鍋奉行だったのだ。

なるほど、最後の仕上げを重点に置くならそうであろう。しかし、個別に入れる鍋というの

は食べごろなものから引き揚げて食べるのだから、固めのものから入れるのが鉄則と思い込

む私と議論になった。

結局、話は決裂。私は食事を早めに切り上げ、失礼します、と帰ってしまった。

たかが鍋でなぜあんなに腹が立ったのか、虫の居所が悪かったのか。今思えば、まったく滑

稽としか思えないのだが、それ以来、外で鍋料理を注文するのは余程親しい人でなければし

ないことにした。

鍋料理は身も心も温まる楽ちん家庭料理で、冬は出番も多い。そして難しいこと抜きで気心

の知れた人とか家族で囲むのが一番だ。

具材を入れたり食べごろを仕切る鍋奉行とアクをとるアク代官の二人がいて、餅つきのよう

に阿吽の呼吸でやってくれれば理想的な鍋料理となるはずなのだが・・・。


1/28 よんさんよりコメント
アク代官までいるとは知りませんでした!


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