シリーズ 街角ストーリー
既視感
地下鉄の飯田橋駅の階段を上って出るといきなり賑やかな神楽坂通りに出る。
その日お祭りでもあるのか、神楽坂の商店街はピンクの提灯をたくさんぶらさげ、華やか
な浴衣姿の若い女性も行き交っていた。
滅多に来ないその街の熱気と賑やかさにちょっとひるんだが、片手に握り締めた案内状の
地図を見直し、気を取り直して歩き始める。
毎年、夏になると『神楽坂の街並スケッチ展』が行われる。
私はその日、知人が出展しているので暑いさなかに神楽坂の会場へ出かけたのだった。
会場は理科大方面に向かって緩やかな坂道を上った高台にあった。喫茶画廊で風の通り抜
けるような気持ちのよい佇まいである。
こじんまりとした展覧会だが、絵は神楽坂をモダンにもレトロにも写実にも抽象にも捉え
られた作品が並び、神楽坂という街の多様性を表現して楽しいものだった。
観終わって外に出ると、夏のオレンジ色の日差しが少し傾いていた。街をちょっと散歩し
ようと横丁へ曲がってみる。
昔牛込区といわれ、神楽坂一帯は花街として栄えただけに、へえ〜こんな路地裏にこんな
料亭が…と思わせる格のある店がたくさんある。
いまだに大人の社交場となっているのだろうか。
路地などの町割りがそのまま残されていて、急な階段やT字路にぶつかりまるで迷路のよ
うで、散歩者にとってはワクワクする。
路地裏に昭和そのままの八百屋と牛乳屋が並んでいて、懐かしい既視感にとらわれた。あ
あ、あのときのあそこにどこか似ていると思いながら、こことは違う街の記憶を辿ってい
た。過去に似たものを重ね合わせて、いつのまにか自分の虚構の世界に浸っている。
散歩しながら、そんな感覚に捉われるのは、決まって生活感を見せる昔ながらの古い建物
に出会ったときだ。ぴかぴかの新建築物にはない、まるで味の染み込んだ煮物と同じで、
時がかもしだした味わいなのだ。
毘沙門天にお参りして、駅の方へ坂道を下り始めると、一転して高い街路樹が目に入り、
食べ物のチェーン店、新しい土産物屋など、そこはいかにも集まる人の好みに合わせた店
が並び、観光名所のような賑わいをみせていた。 |