シリーズ 街角ストーリー
京都
先日の台風で、桂川が氾濫し、渡月橋が濁流にさらされているテレビの映像は衝撃的だった。
京都には私の姉が住んでいる。
京都駅の近くのマンションなので心配はないと思ったが、年のため電話をしてみると、
「私の所は大丈夫だけど、京都が水に浸かるなんて前代未聞。もうこちらはてんやわんやの
大騒ぎよ」
ということだった。
前代未聞というけれど、姉は京都に住み始めてまだ3年目。まだまだにわか京都っ子である。
姉夫婦は京都に住む前は山梨の景色がすばらしいといって、足元から鳥が飛び立つように山
梨に移住し、3年ほど住んだがやっぱり田舎にはなじめないと横浜に戻ってきた経緯がある。
思い立つとさっさと引越しをしてしまう、素っ頓狂な夫婦なのだ。
今度の京都も定年後暇つぶしに歴史的な神社仏閣を訪ねて暮らすのもいいかと、気楽に移住
したようだ。
ところが、京都には“溶け込みにくい”“よそ者は受け入れない”“お高い”“お世辞を信
じてはいけない”といったある種の神話がある。そして予想通り姉はその洗礼を受けている
ようで、最近愚痴が多くなった。
「住めば都よ」
と私は月並みな言葉で慰めると、
「なに言ってんのよ。ここは1500年以上の歴史ある正真正銘の都なのよ。これ以上の都
は望めないわ」
という。ごもっとも。
どの街にもあ、いいな、と心が揺さぶられる素敵な場所があるものだ。でもそれはそれぞれ
の点でしかない。その街で暮らすということは、その点と点の間で暮らすこと。そしてその
街の歴史が育んだ日常があるということだ。 |