(日常を楽しむ方法について)
またもや、ぼーっと新聞開いてたらシリーズ、読書欄に、放送作家の鈴木おさむと秋元康
の生活哲学的内容の本の紹介があって、おさむさん、その一番大事なことは好奇心だ、っ
て言ってて、人からどう思われるか、かっこいいことかどうか、なんてことは考えず、自
分が心から楽しいと思えることを追求することがすべてだ、って、そうしてやってると、
道が開けてチャンスも生まれる、って言うんだけど、なるほど、と思ったんでご紹介。
彼は学生の時に居酒屋のバイトしたんだけど、そこでも、どうしたら客が喜んでくれるか
を、色々考えるのが楽しくて、本当にその実績を上げ、その頃はそれがまるで天職のよう
だった、って、その後、ラジオに自分でおもしろいと思った話を作って送ったところ、だ
れかの目に止まり、放送作家の道が開けたんだって。
で、数年調子よく売れてたところ、身辺に深刻な不幸が起り、落ち込んで挫折感の中にあ
った時、上司が、その不幸話で今度の会議でみんなを笑わせてみろ、って言われて、ふっ
と、気づいたんだって、おもしろくするのは自分だ、って。
どんな状況でもそれを楽しくすることは可能で、それをする自由と力をわれわれは持って
るんだ、って。
ま、彼の場合は、お笑い、が志向するテーマだったようなんだけど、別にそれがいつも、
笑えることばかりが、楽しいこと、って考える必要はないんだろう。
先日、家人の母親の葬儀があり、火葬場へ向かう霊きゅう車に同乗した家人の兄貴が、そ
の運転の丁寧さに感心して、思わず運転手にそう言うと、運転手は、自分は41で霊きゅう
車運転手に転職したんだけど、その理由は、早い時期に自分の母親を亡くした時、その亡
骸を運ぶ運転がまるで物を運ぶように乱暴だったのに腹が立った、んだって、自分は心を
込めて大事にそれを運ぶ運転手になりたい、って心に誓った、んだって。
例えば、霊きゅう車の運転の職を得たものが、自分はこんな死体を運ぶなんてことしたく
なかったけど、他の運転手の職がなかったから仕方ないんだ、あー、縁起でもない、やだ
やだ、さっさとやめて、早く、もっときれいな花とか、食品とか、せめてタクシーの運転
とかに転職したいもんだ、って考えながらやってる人がいたとしたら、その彼との仕事に
対する愛情とやりがいは雲泥の差、ってことになるだろう。
どんな状況でも、それを楽しくするのも辛くするのも自分自身なのだ、きっと。 |