シリーズ 街角ストーリー(フィクション)
きれいな店
若い女性に店を開くとしたらどんな商売がいい? と聞くと、大抵花屋とかパン屋と言う。
確かに花屋もパン屋も夢のある見た目のよい店だ。花屋は美しい花に囲まれているだけで、
うっとりするし、パン屋はあのできたてのかぐわしい匂いに包まれるだけで幸せになる。
狭いわが町にも花屋は4軒もあるし、パン屋は3軒ある。
ある花屋の話。
昔ながらの洋品店の前にあった小さなおもちゃ屋が閉店すると、洋品店の娘がいかにも夢を
叶えたという風情で、両親の援助を受けながらその後に花屋を開いた。まだ学校出たばかり
のような初々しい彼女はときどき両親の手伝いを受けながら甲斐甲斐しく働いた。
花屋は意外と水仕事や力仕事が多い。花の乙女はスカート姿から長靴、ゴムエプロンに変わ
った。花は生き物。水遣り、温度管理、売れ残りのリスク、そして枯れた花の処理は思いの
ほか汚い仕事なのだ。そのせいだろうか、その娘は折角開店したのに1年で店を閉じてしま
った。
今度はあるパン屋の話。
比較的人通りの多いアーケード街の一角に老舗のパン屋があった。“あった”と過去形なの
はやはり閉じてしまったからだ。こちらは後継者が育たなかったもよう。
たまに用事で朝の5時頃通ると、店は煌々と明かりをつけて二人の老人が立ち働いていた。
まさに仕込みの真っ最中。
パン屋というものは朝の早い過酷な職場なのだ。しかも同じ朝の早い豆腐屋のように朝一回
作ればいいというものではない。午後もう一回パンを焼かねばならない。午前、午後の焼き
上がりを待つ客がいるのだ。
パンを好む客は味にうるさい。この年老いた頑固なパン職人は昔ながらのパンしか作らない。
創意工夫をして次々と新製品を作るライバルのパン屋に客足を奪われていた。そしてあると
き、ついに刀折れ矢も尽き熾烈な業界競争に負けたのだった。
思うに、表面上きれいとか美しいとかというものは、汚いとか醜いとかをすべて引き受け乗
り越えて初めて維持できるのではないだろうか。 |