シリーズ ファッション考
「八月の鯨」に見る服装
岩波ホールの総支配人である高野悦子氏がなくなったことを新聞が報じていた。岩波ホー
ルへは何度か足を運んだことがあるが、上映される映画に期待を裏切られたことはない。
そういえば、しばらく映画を観ていないなと思い、ならばと調べたら、その岩波ホールで
「八月の鯨」を上映中。早速出かけた。
1950年代のアメリカを舞台にした豊かで良き古き時代の映画である。
静かな小島で夏を過ごす老姉妹の話。登場人物はたったの5人で、大きな事件もない。人
生の終末を迎えようとしている二人の時間はゆっくり回り、丁寧な暮らしぶりが映し出さ
れる。
老女優の演技は、そのまま俳優として人間として人生の年輪を重ねた滋味が溢れていた。
映画の中で語られる会話が含蓄に富んでいるのはさることながら、私が感じ入ったのはア
メリカの服飾文化の高さである。
老姉妹の間では朝起きるとその日の洋服の種類や色が話題になる。いくつになっても女性
にはファッションは重大な関心事。
単調な日々の中で、ある日ささやかなディナーに昼間釣りをしていたロシア亡命貴族を呼
んだ。姉の方は招待した男性を快く思わず、魚料理も嫌い。それで、ディナーのためにド
レスアップをすることを拒否する。妹はなだめすかして着替えを懇願する。
ひと悶着あったが、結局姉は盛装に着替えネックレスをして、イアリングをして現れる。
その美しいこと。女性客の多い館内にはため息が漏れたほど。招かれた男性も、昼間は半
ズボンで釣りをし、釣った魚をさばくことを頼まれていたのだが、ちゃんと蝶ネクタイに
背広で花を持って現れる。そして、老姉妹の美しさを褒めることを忘れない。
妹が40数年前に亡くした夫との結婚記念日を夜一人で静かに祝うシーンでは、わざわざ
一番上等の服に着替えて花を飾り、音楽をかけて思い出に浸る。
なんと、贅沢な時間だろう。
洋服をまるで日々の生活の舞台装置のように考え、TPOに合わせて着替え、他人との駆け
引きにも利用し、自分の尊厳さえもアピールする。西洋女性の服装に対する見識の高さは、
もうそれはその国に根付いた文化としかいいようがない。 |