●連載
虚言・実言 文は一葉もどき
横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんの新シリーズ1回め。
シリーズ 人間模様
マンションの片隅で
A子はサラリーマンの夫の東京からの転勤に伴って5歳の子供と大阪郊外に住んでいる。
まだ田んぼの残るのんびりした風景の中にぽつぽつとマンションが建ち並ぶ典型的な新
興住宅地である。彼女の住む4階建てのマンションは古いのでエレベーターがない。
3階に住む彼女は40歳。まだ体力はあるのだが、疲れたときやお米や灯油など重い荷
物を運ぶときは、つくづくエレベーターのあるマンションに住みたいと思う。住み替え
を考えても夫の給料だけでは無理である。
子供が幼稚園へ行っている間だけでもパートを、と探してみたが、こんな片田舎ではな
かなか職は見つからなかった。
彼女は生活の手抜きを覚え、夫にも子供にも解放される時間をもち、典型的なサラリー
マン主婦なのだ。そんな幸せな環境も馴れるとただ退屈さを感じるだけだった。そして
田舎の単調な毎日に飽き飽きしていた。生き生きとOLをしていたときのことや都会の華
やかさを思い、西日の当たるリビングでいらだちのため息をつくことが多くなっている。
そんな矢先だった。半年前に引っ越してきた隣の住人の出入りが激しいことに気がつい
た。隣の住人である若い夫婦が最近何か仕事を始めたらしく、よく玄関ドアの両脇にダ
ンボールを積み上げてある。貧乏ったらしいし、第一通行の邪魔になるのである。
これは管理人に苦情を言って、なんとかしてもらわなければ、と積んであるダンボール
をしげしげと眺めた。横に××××化粧品と印刷されてあるのを見つけ、部屋に戻りす
ぐインターネットで検索した。すると、化粧品会社のブログがでて、隣の奥さんの写真
入で書き込みがあるではないか!
「私は自然食品愛好家で、最近のインスタント化する食品を嘆いています。なんでも手
軽に済ます日常にはそのときだけの結果で終わってしまいます。手間ひまかける過程に
こそ味わいがあり深い満足感が得られるのです。××××化粧品はそんな私を魅了した
ピッタリの化粧品です」
彼女は思わずウソだ! と叫んだ。なぜなら、隣の奥さんがコンビニ弁当をぶらさげて
いるのを何度も目撃したし、だらしなくケバイ格好でいるのも知っていた。そうか、隣
の夫婦は化粧品のネット販売をしていたのか、こんな片田舎でもしたたかに商売ができ
るのかと感心した。そして、彼女はむくむくといじわるな想像が湧いたのである。
××××化粧品会社が田舎の古びたマンションの一室であることや隣の奥さんのだらし
ない暮らしぶり、コンビニで済ます食生活を暴露する書き込みをしてみようかと。日頃
の迷惑行為の格好の復讐になるのではないかと。
そんな考えを巡らす瞬間、A子は日頃の空疎感を忘れていた。
彼女はパソコンの前でしばらく考えていたが、やがてキーを打ち始めた。そして一枚の
書類を書き上げると、隣の化粧品会社の郵便受けに投げ込んだ。
「お宅の部屋の前に積み上げられたダンボールは通行の邪魔になり、防災上にも問題が
あります。すみやかに撤去してください。住民の皆様の迷惑にならぬように気をつけま
しょう。 管理人」
彼女の行動は結局ここで終わったのだった。