シリーズ なくて七癖
金銭感覚
人は一生のうちに三回モテ期がある、と誰かがいっていた。それをもじっていえば、結
婚生活には三回離婚願望期がある、といえないか。
私の場合、その一回目は、結婚後まもなくやってきた。腕によりをかけて料理を作り、
その出来栄えを「どう?」と期待を込めて夫に聞いたときである。
「うん、うまい。で、この料理の原価、いくらかかった?」との返す言葉。この身もふ
たもないいい様にガーンときた。
人によって金銭感覚がそれぞれ異なる。それは育った環境や両親の教育やそのときの懐
事情の影響を受けるのだろう。
私に浪費癖はなく、むしろけちな方かもしれない。でも、あからさまに金勘定をもちだ
されるのを好まない。
実は、父は商売をしていたにも拘わらずお金を不浄なものと考え、金・金というのをあ
さましい、と考えるタチだった。従って仕事の集金が苦手で自分ではあまりやらなかっ
たほどだ。
また、私は小さい頃、「お腹が空いた」というと怒られた。「おやつちょうだい」とか
「なんかちょうだい」と言え、というのである。その理由はお腹が空いたというと食事
を十分に与えていないように思われるからだというのだ。「武士は食わねど高楊枝」の
精神で、父はいわゆる格好つける癖があったのだ。子どもの私にそんな見栄なんてわか
るはずがなく、とんだとばっちりであった。
私はそんな父の影響を受けて育ったせいか、やはりお金の話は苦手である。
けれども、貧乏も経験したし、欲もあるから大人になるにつれてそうもいっていられな
くなる。世の中、お金中心に動いていることは百も承知である。でもそう割り切ってし
まうことが気恥ずかしく、やっぱり相手に損させてはならないが自分も損したくない、
などとその折り合いでくよくよ悩むことが多いのだ。
ちょっと話を大きくすれば、資本主義である限り経済最優先は避けて通れないのだけれ
ど、最近の政治の損得勘定には目を覆いたくなる。増税にしろ、大飯原発再稼動にしろ、
経済優先で決定した最たるものだろう。 |