シリーズ なくて七癖
A君のこと
芥川賞受賞の田中慎弥氏が受賞の際「もらってやる」といって、一連の言動が一躍話題
になった。賛否両論があったが、私は世の中いろんな人がいていいと思うので、面白い
なあ、ああいう人、と思った。
そして、どういうわけか高校時代、私と同じクラスのA君を思い出したのであった。
A君は遅刻癖があった。いつも授業が始まってまもなく、のっそりと後ろのドアを開け
て入ってくる。先生は「なぜ、遅れたんだ?」と問いただすが、A君はぼそぼそと言い
訳をしているが何をいっているのかわからない。先生もすっかりあきらめ顔であった。
そのA君は話をするとき相手の顔を見ない。俯いたり上を仰いだりしていて、決して目
を合わせないのだ。その仕草がとても考え深そうな様子にみえ、我々とはまったく次元
の違う大人の雰囲気を醸し出していた。
あまり話したことはなかったが、文学に精通し小説のようなものを書いていると聞いて
いたので、勝手に私はA君を将来無頼派のような小説家になるんだろうな、と密かに思
っていた。
時が流れて、同窓会を開くような年齢になった。A君は高校の先生になっていた。そし
て何回目かの同窓会の二次会でそのA君が爆弾宣言をしたのである。
「僕は今23歳年下の女性と恋をしている。妻と別れて結婚しようと思う」
というのであった。
まわりの者はあっと驚いた。A君は照れもせず、むしろ不機嫌な顔つきでしれっといっ
てのけたのだ。あの情景は今思うと田中氏の受賞会見とそっくりではないか。これは私
の邪推だけれど、きっと二人の間には世間など相手にしない価値観と、思ったことを正
直に表さなければいられない、純粋さのような共通の癖があると見ているのだが・・・
因みにその後のA君の消息では、宣言した歳の差婚の夢は破れ、今は元通り奥様と睦ま
じく暮らしているとのことだった。 |