夏の終わりに(2)
「ほら、あの月!」指をさして誰かが叫んだ。
見ると左前方に満月が浮かんでいた。
13日の夕方のこと。6時頃で太陽は沈んだばかり。空はまだまったくの闇とはいえ
ずどこか昼間の名残を残したような濃紺の色である。
月は出たばかりのせいか異様に大きく、その存在感たるや圧倒的であった。
かなり赤味を帯びた黄色で、黒々とした住宅の屋根のシルエットのすぐ上で煌々と輝
いていた。
いつも見る月とは違って何か熱を帯びて身近に迫ってくるような、心穏やかでいられ
ぬ雰囲気をもっている。
皆の口から「おお!」とか「ああ!」とか嘆声が漏れる。
我々は埼玉県へ行った帰り道で小学校の同窓生4人が車に同乗して関越自動車道を走
っていた。
月は高速道路の壁の高さで見えたり見えなかったりする。
「本当は昨日が陰暦8月15日の十五夜で中秋の名月でお月見の夜だったんだ。今夜
の月は十六夜。いざよいというのはためらうという意味で、昨日の名月よりも出る時
間が少し遅れるからいざよい月っていうんだ。ちなみに十七夜は立ち待ち月といって、
遅い月の出を庭や縁側で立って待つんだって」
さすがの元級長が解説してくれた。
4人の中には昨日ちゃんとおだんごとススキを供えてお月見をした人もいた。
ああ、私はすっかり忘れていた…
しばらく車の中でお月見談義が続いた。
月を見ているとさまざまな連想が頭を駆け巡る。餅を搗くうさぎ、かぐや姫、先人の
残した月をモチーフにした和歌・俳句・・・
それから、それから、わが身に起こる過去現在未来の想念が・・・
月の光は人の心をちょっと感傷的な世界に誘っていくものである。
やがて車が東京に着く頃には、月は高く上がっていつもの冷たく青みをおびた金色に
変わり、だいぶ小さくなっていた。
秋はこうして私たちの心の中に少しづつ忍び寄ってくるのだ。 |