新聞ネタ独白シリーズ
親の愛
私は小さい頃からお父さんっ子だった。
男兄弟の中の女一人だった私を父はことのほか可愛がってくれたように思う。小学校の校
長をしていた父は、休みには子供たちを山野へ連れだして自然に親しみ、勉強にもよくつ
きあってくれる理想の父親だった。
私はそんな父が大好きであり誇りに思っていた。
晩年、母が先に亡くなり一人で暮らす父を当然のように私がひきとり同居した。
父の日常は規則正しいものだった。1日の行動である朝の散歩、昼の読書、夜の1合程度
の晩酌、1時間のテレビがすべて時間割になっている。
その父がおかしいな、と思ったのはまもなくであった。物忘れがひどく、言葉がでにくく、
動作が緩慢になる。
医者へ連れていくと認知症ということだった。
薬を飲んだが症状は改善されずむしろ少しづつ進行し、そのうち昼夜逆転し、夜徘徊をす
るようになった。
頑固に己を主張するときの顔はまるで般若のよう。だんだん私のことさえも認識できなく
なり、暴力さえふるう。あの大好きだった父が別人になっていく悲しさ・・・
私には持病の糖尿病があり、父と夫との間もうまくいっておらず、だんだんストレスがた
まっていった。このままひとりでこなす介護がいつまで続くかわからない不安と疲労で私
は精神安定剤が手放せなくなった。
金を盗んだと言われたときの情けなさ。思わず怒鳴っては後で後悔し、知らぬまに家を抜
け出し交番に保護されたときは涙が出た。口を開けて眠っている父をつくづく眺めては、
このまま包丁で刺して自分も死のうかとさえ思ったこともある。
その父が交通事故で突然死んだ。享年82歳。
私は涙も出なかった。いや、正直もうあの地獄のような介護から解放されるのかと思うと
むしろほっとしくらいだ。肩の荷が下りた感じ。なんと親不孝な娘だろう。
でも時がたった今、父のことを思う。
父は私に肉親を失った悲しみを味わせないために認知症になったのではないか。もし父が
ボケなかったら、私は最愛の父を失い、立ち直れないほど悲嘆にくれたであろう。父は壮
絶な老いをみせることで私を強くしてくれたのかもしれない。親の愛はそれほど深い。 |