●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
シリーズ9回め。啓蒙広告の挫折について

シリーズ リポーター奮闘記

笛吹けど踊らず


一億総中流意識といわれた時代の話。

庶民がそこそこお金を持つようになって子供の情操教育にとピアノを習わせることが流

行った。あっちの路地裏からこっちの路地裏から、また安っぽい建売住宅からも妙なる

(?)ピアノの音が聞こえてきたものだった。

儲かったのはピアノ屋さん。

横浜のあるピアノ屋さんは毎月広告をだしてくれる上得意だった。

常時大きなピアノを15〜6台置いてあるから店内は広い。さりとて高額商品のピアノ

がそうそう客が立て込むほど売れるわけもなく、従業員は店長と女店員の二人だけ。マ

ホガニー塗装のアップライトや光り輝く豪華なグランドピアノがズラリと展示され、店

内は人待ち顔に静まり返っていた。

私はこのピアノ屋さんの取材が好きだった。

学生の雰囲気をもつもの静かな店長が音楽の百科事典のような話をしてくれた。ピアノ

のルーツだの、ピアノを上手に弾くコツだの、聞く効能など、まるで物知り博士のよう

に次から次へと披露してくれた。

私はこんな話誰かに話したら面白がるだろうと思った。早速こうした音楽の耳寄り情報

をぎゅっと詰め込んだ情報誌を企画して店長にもちかけた。お金があったのだろう、店

長も話にのってきた。たちまちあれもこれもと夢がふくらんで音楽こぼれ話や気取った

詩やちょっと有名なミュージシャンとの対談などを載せ、写真もふんだんに入れ、美し

い小冊子を作った。

しかし、反響はいまいち。

そう、現実は音楽の夢の世界や楽しさをいくら宣伝しても客は実際に店へ足を運ばない

のである。つまりピアノを買いたい人はすでに音楽の良さを知っていてお金も持ってお

り、あとは店に来るための背中を押せばよかったのだから。

こうしてこの夢のあるピアノ販促作戦は失敗に終わった。

それからの広告記事のキャッチコピーは

“ピアノを選び方しっていますか?”

“驚いてください!この価格!ピアノバーゲン”

という、実用的なものとなった。


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