シリーズ 世にも短い物語
花粉症の女
私は区役所に勤務しているのだが、自他ともに認めるお洒落大好き人間。女に生まれて
お洒落をしないほうはない。お洒落はやる気を起こさせ、自己主張でもある。バッチリ
化粧をして、流行の服できめて街を歩くときの高揚感はたまらない。同性の目と異性の
目を意識しながら、それによって自分を確認することは、おおげさにいえば生きている
張り合いといってもいい。つまり私は自意識過剰な女なのである。
ところがである。
花粉症にかかるこの時期、鼻水を垂らし、かゆい目をしょぼしょぼさせ、頭をボーとさ
せながら仕事をするのだから、まったく受難の季節といっていい。できたら布団をかぶ
って寝ていたい。
しかしそうもいかないので、カラス天狗のようなマスクをして眼鏡をかけ帽子を被って
出勤をする。これではおしゃれもへったくれもない。この間も通勤途中で会った親しい
同僚に挨拶したのに「どなた?」という顔をされた。まったく顔なし人間と同じ扱いな
のだ。仕方なくマスクをはずしてニッと笑ったらようやく気がついてくれた。
そこでちょっと遊び心が湧いた。自分を透明人間のようになってみようかと。自分の存
在をなくして無防備な他人をじっくり観察するのだ。しかも私とは誰も気づかれないか
ら私が何をしようと責任が生じない。これはなんと自由で気楽なことだろう。自分を抹
殺するというアイデアに私はちょっと有頂天になった。
「匿名性」というのは責任をとらなくてもいいので、気持ちが大胆になる。自分を隠し
て何か世間をあっと言わせたいという衝動にかられた。私はそこでハッと思いついたの
だ。そうだ、前から気になっていた私の所属する課の裏金帳簿をスッパ抜いてみようか
と。匿名の内部告発なんて卑怯なのかもしれないが、そんなのは知ったこっちゃない。
マスコミに取り囲まれる上司の姿を、私は鼻水をズズーとすすりながら想像したのだっ
た。 |