祖父がのこしてくれたもの
2008年の振り返り。
30代も半ばを過ぎると、一年経つのがものすごく早い。
一年の目標をたてようとずっと思っていたら、もう年末になった。
そんな感じで時は流れていく。
今年いちばん大きかったのは、やはり祖父が旅立ったこと。
病気の父を看取って間もなく、祖父の介護がはじまった母。みんなそれぞれに辛かったけ
れども、いちばん辛かったのは、介護をされる明治生まれの祖父自身だったのかもしれな
い。だから、祖父が息を引き取ったときは、悲しいというよりも「ご苦労様でした。やっ
と楽になれましたね。」という気持ちだった。
あれから数ヶ月経って、今では何事もなかったように静かな毎日が過ぎている。
今年の締めくくりとして、喪中のはがきを出した。そうしたら、祖父の教え子の方々がわ
ざわざ連絡をくださる。50年以上も昔の話になるが、当時は市外の農村に住んでいる優
秀な若者が山形の夜間学校に通っていたらしく、昼間は自分の家の農作業をし、夕方から
汽車に乗って学校に通って、夜は山形市内の教員宅に泊まり、朝になってからまた汽車で
自分の家に帰るというもの。うちにも、何人かの若者が泊まりに来ていた。そういう方々
がわざわざ遠くから連絡をくださったり、訪ねて来てくださったりしたのだ。今ではいい
おじいちゃんになっているかつての若者が「先生のお陰で学校に通うことが出来ました。
大変お世話になりました。」と言ってくれる。そして、自分が学校を卒業して会社に勤め
た話や、息子を大学まで出しました、という話や、お孫さんの話を嬉しそうにしてくれる。
なんて有り難いことなのだと胸が熱くなる。
何十年も前の、たった数年間のことを覚えていて、こんなふうに話をして慕ってくれてい
る人がいると知って、とても驚いている。うまく言葉で表すことが出来ないけれど、祖父
がのこしてくれたものは、何とも言えず大きいものだと感じている。
大雪が降った日の夕方、母と夫と私で近所にラーメンを食べに行った。ラーメンとはいえ、
こんなことは珍しい。もう気兼ねする家族は誰もいないし、愛犬わたるがしっかりとお留
守番をしてくれる。何も話すことはなかったけど、ゆっくりと食べて帰ってきた。
帰り際、母に今度こそ財布を持ってきたか確認したら「あるよ。これ私の分。私の分ね。」
と言って千円だけ払った。私も夫もびっくりしたり、あぁ、やっぱりなと思ったりした。 |