〈シリーズ・銀座の街角で〉
忘れえぬ人
端正な横顔に見覚えがあった。
銀座三越の一階扇子売り場。その人は熱心に扇子を選んでいた。声を掛けようかど
うしようかと迷っていたら、私の視線を感じたのか、その人は目をあげた。互いの
視線がぶつかった瞬間、私はとびっきりの笑顔をつくると、もうためらわないで近
寄っていった。
その人は女物扇子を選んでいた。(おや、彼女へのプレゼントかな?)なんて邪推
する私の心の動きを感じたのか、その人は
「取引先の女社長に贈ろうと思ってね。だいぶ年上ですよ」
と言い訳のようにいって少し照れた。が、すぐ目を扇子に戻すとあれこれ扇子を取
り上げては開き、心底困ったような顔をする。
(ボクは女心には疎くて不器用なもんで…でもやっぱり気に入ってもらえるような
物を差し上げたいんだ)というような真摯な雰囲気が滲みでている。
早速私のお節介ゴコロが首をもたげた。
「あ、それはちょっと渋すぎるんじゃないかしら。女性へのプレゼントは年齢より
若いものを選んだ方が喜ばれますよ」
なんて言わずもがなの講釈をたれて二人で選んでいった。
短い時間が過ぎていく。
ふと、私は気がついた。私はまったく贈り先の女社長を知らないのに、ああでもな
い、こうでもないと言うのは差し出がましいではないか。もしかしたら私はこの偶
然の出会いを喜んで、二人で扇子を選ぶ時間を少しでも長く共有したかっただけか
もしれない。
ようやく我に返って、でしゃばりを反省して「ごめんなさい、お邪魔して」と別れ
を告げた。
後で考えてみたら、「奇遇だね」「しばらく!」「どうしてた?」とかいった枕詞
の挨拶もなく、まるで前からずっと二人で扇子選びに没頭してたようだったのが可
笑しかった。始めも終わりもないような中途半端な出会い。ただ一方的に扇子選び
につきあっただけなのに、ダイレクトな会話よりも印象に残るのはなぜだろう。 |