〈シリーズ・避寒旅行〉
旅を考える
今回は添乗員もついたお仕着せのパック旅行だった。見物する場所はすでに決められて、
切符もホテルも手配され、ただ時間通りに動けばよいのである。一応避寒の目的を果た
したし、楽しかったし、なによりも楽チンであった。でも果たしてこれを旅行といえる
のだろうか?ただの移動ではないだろうか?
最近、友人と旅談義をした。
「最近ヒリヒリするような旅をしてないわね」
「そうね、時刻表と首っ引きで計画を立てて宿の手配して…なんてやらなくなったわね」
「旅行会社のメニューも豊富になったのでどれか選べば希望に近い旅ができるしね」
「ネットなんかでおよその情報が入ってるからワクワク感もないし…」
それぞれ頭の中で描くまっとうな旅のイメージは古いけれど「地球の歩き方」の本片手
のバックパッカーなのである。苦労がなけりゃ思い出に残らないし、危険がなけりゃつ
まらない。結局旅をそんな風に大上段に考えるから、「メンドクセー」となってあまり
旅行をしないのだけれど・・・
友が話を続けた。
「でもこの歳になると家族の責任とか、時間の制限、費用の問題とかあるじゃない。場
所によってはしっかりフォローしてくれるツアーじゃないと危険だしね。私、まだ死ね
ないのよ。介護しなけりゃならない年寄り抱えているから」
もっともである。ただ団体の楽チン旅行に流れて、行った先々で日常の自分の環境を持
ち込むのは戒めねばならない。
例えば、押し寄せる日本人観光客が、エアコンの効いたホテルに泊まって、バスタブに
湯を張り、宴会料理を食べてミネラルウォーターを飲んで観光すれば、その地域がどう
いうことになるか、負の部分もしっかり見つめるべきなのである。未知の世界を旅する
楽しみは、貧しさや環境汚染や伝統文化の形骸化と闘っている人々と隣り合わせである
ことを忘れてはならない。 |